Vaccine Digest 第2号(2013年9月発行)

Vaccine Digestとは

「Vaccine Digest」はワクチンの専門会社であるジャパンワクチンが、話題のトピックや学術・行政の情報、日常の診療に役立つコツなどをお届けしている定期情報誌です。先生方のお役に立つ情報が満載ですので、ぜひご覧ください。
※諸般の都合により、一部掲載していない記事があります。

目次

  • 感染症の流行を追う

    インフルエンザ
    ~変化する流行株に対応できるワクチンの開発をめざして~

    独立行政法人 医薬基盤研究所 アジュバント開発プロジェクト
    大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授 石井健先生

  • 予防接種関連法規 Now!

    「予防接種・ワクチン分科会」
    ~その役割と今後の課題について~

    川崎市健康安全研究所 所長 岡部信彦先生

  • Vaccine Topic

    生ワクチン弱毒化のメカニズム

    北里大学 北里生命科学研究所 所長 大学院感染制御科学府 学府長 (現 北里生命科学研究所 特任教授) 中山哲夫先生

  • 日常診療Q&A

    予防接種と医療訴訟について

    医療法人社団 崎山小児科 理事長 崎山弘先生

  • スペシャリスト Pick Up

    ロタウイルスワクチンの理解を深めよう

    藤田保健衛生大学医学部 ウイルス・寄生虫学 教授 谷口孝喜先生

  • 特別記事

    〈埼玉発〉VPDをなくすために -彩の国 予防接種推進協議会の取り組み-

    彩の国 予防接種推進協議会 会長 医療法人自然堂 峯小児科 理事長 峯眞人先生

感染症の流行を追う インフルエンザ~変化する流行株に対応できるワクチンの開発をめざして~ 独立行政法人 医薬基盤研究所 アジュバント開発プロジェクト大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授  石井健先生

毎年変化するインフルエンザ流行株

 インフルエンザウイルスは、大きくA型、B型およびC型に分けられます。この中でA型は、ウイルス粒子の表面抗原であるヘマグルチニン(Hemagglutinin:HA)およびノイラミニダーゼ(Neuraminidase:NA)の組み合わせによって分類されています。現在のところ、16種類のHA、9種類のNAの存在が確認され、理論的には144種類の型のウイルスが存在すると考えられます。毎年世界的に流行がみられる季節性インフルエンザのウイルスは、A型のH1N1、H3N2とB型の3種類です。これらが交代で流行を繰り返しています。
 毎年流行がみられる理由はいろいろと言われていますが、科学的な証明がなされているものはあまりありません。HAが違えばもちろんですが、同じ種類のHAを持つウイルスにも亜型が存在するため、繰り返し感染してしまうことが挙げられます。さらに流行株が年によって変化するのには、こうしたウイルス株の変異のほかに、集団での免疫保有率が影響していると考えられています。たとえば、2009年に流行したH1N1亜型は、それまでのインフルエンザウイルスとは抗原性が異なり多くの人が十分な免疫を持たなかったため、世界的な流行が起こりました。
 また将来的には、散発的に鳥からヒトへの流行が確認されている高病原性のH5N1や中国でのH7N9インフルエンザウイルスが、ヒト対ヒトで感染力を持つように変異する可能性が懸念されていますが、実際にパンデミックになる危険性に関しては、起こり得るという研究者と起こらないと考えている研究者の両方が存在することを附記しておきます。

インフルエンザワクチンの開発と課題

 このような特性を持ち、流行を繰り返すインフルエンザに対するワクチンの開発は、季節性インフルエンザと新型強毒株に分けて考える必要があります。
 季節性インフルエンザに対するワクチンは、毎年、国立感染症研究所が翌シーズンの流行予測を行い、候補ウイルス株からワクチン製造に適した株を選定して製造されます。しかしながら、年によっては選ばれたウイルス株と流行する株に当たり外れがあることも知られた事実であり、ワクチンの免疫原性も低い(後述)ことも相まって、必ずしもワクチンの効果が十分に得られるとは限りません。毎年接種するワクチンなので、安全性が高いことが求められてきましたが、今後の課題は予防効果を高めることです。今より強い免疫を誘導できれば、5年か10年に一度接種するだけで、多少流行株の表面抗原が合わなくても、季節性インフルエンザの発症や重症化を予防することが可能になります。
 一方、今後の流行が警戒される病原性の強い新型株に対するワクチンは、安全性にも増して、強い免疫をつけることが重視されます。また、未知のウイルス株に対しても免疫を誘導できるワクチンの開発が望まれます。共通性の高いウイルス内部の抗原に対する細胞性免疫や表面抗原で保存性の高い部分に対する抗体を誘導できる、ウイルスの型を問わない万能ワクチンの研究が世界各国で進められています。

インフルエンザワクチンの感染防御メカニズム

 我々は2010年に、インフルエンザワクチンが生体内でどのように自然免疫や獲得免疫を誘導しているかを明らかにしました1。現在世界で使用されているインフルエンザワクチンには、弱毒生ワクチン(日本では未承認)、不活化全粒子ワクチン、スプリットHAワクチンの3種がありますが(図1)、それぞれが誘導する免疫に違いがあることがわかったのです。
 弱毒生ワクチンは、自然感染したときと同様に、自然免疫を担当する樹状細胞(DCs)の3つの受容体(TLR7、RIG-I、NLR)に認識され、自然免疫を誘導します。その結果、インフルエンザウイルス特異的なCD8陽性T細胞とCD4陽性T細胞の分化が起こり、免疫の記憶を担当するT細胞や抗体を作り出すB細胞が誘導されます(図2)。また化学処理して感染性をなくした不活化全粒子ワクチンでも、樹状細胞のひとつ、形質細胞様樹状細胞(Plasmacytoid dendritic cells :pDCs)が持つTLR7の活性化を通じて自然免疫が成立し、液性免疫を獲得できることがわかりました。
 一方、現在日本で季節性ワクチンとして使用されているスプリットHAワクチンでは、このような自然免疫反応は起こりません。その代わり、過去に何回かインフルエンザに感染した人の獲得免疫の記憶を呼び起こすことで、予防効果を発揮していると考えられます。

1. Koyama S, et al. Sci Transl Med. 2010; 2(25): 25ra24.

アジュバントの重要性と新しいワクチンへの期待

 この研究ではさらに、自然免疫の成立には、弱毒生ワクチンと不活化全粒子ワクチンに含まれるウイルスの核酸成分が、pDCsのTLR7を活性化するアジュバントとして働いていることが確認されました。このため、特異的にTLR7や類似のTLR9を活性化するアジュバントをスプリットワクチンに加えることで、安全性が高く、より効果の高いワクチンを開発することが可能になります。また不活化全粒子ワクチンそのもの、もしくはさらにアジュバントを加えたパンデミックワクチンの開発も期待されています。

これからのワクチン開発に求められるもの

 感染症予防のワクチンは、生物学的製剤に属し、健常者に接種するという特殊性から、安全性のハードルも高いため、多くの技術や知見を集約して開発に取り組む必要があります。ワクチンには副反応によるリスクも存在します。被接種者が、ワクチンのリスクとベネフィットを十分理解した上で接種の判断を行えるようなコミュニケーションが重要ですし、臨床試験で検出できない稀な副反応を、基礎・臨床レベルで科学的に検証して予防につなげる研究も必要です。 ワクチンは感染症対策に必要欠くべからざるものであり、近年世界では、組み換えワクチン、DNAワクチン、ペプチドワクチンおよびTLRを刺激するアジュバントの研究が進んでいます。一方、ワクチン研究の技術は、他の疾患の治療にも応用可能であり、そのメリットは計り知れないものがあります。今後、産官学が協力した研究体制を築き上げ、さまざまなワクチンの開発に取り組むことが必須であると考えます。

予防接種関連法規 Now! 『予防接種・ワクチン分科会』~その役割と今後の課題について~ 川崎市健康安全研究所 所長 岡部信彦先生

-2013年4月に設置された予防接種・ワクチン分科会について教えてください。予防接種・ワクチン分科会は、予防接種に関する中長期的な課題について議論を行うことを目的に設置された組織です。

 過去、わが国における予防接種は感染症対策に大きく寄与しましたが、一方で予防接種に関する最近の施策は、新たなワクチンの導入が遅れる、唐突に導入が行われるかのようにみえる、重篤な副反応などが生じた後に対策が講じられてくるなどの問題点が指摘されていました。先を見越した予防接種施策を打ち出すことが重要で、そのために中長期的な視野を持って、エビデンスに基づいて予防接種に関する議論を展開する組織の設置が求められてきました。これらを背景として、2013年4月の予防接種法改正を機に、予防接種に関する審議は新たに設置された予防接種・ワクチン分科会で議論されることになりました。
 予防接種・ワクチン分科会は、先進諸国の予防接種審議会、たとえば米国のAdvisory Committee on Immunization Practices(ACIP)、英国のJoint Committee on Vaccination and Immunisation(JCVI)などといった組織の体制、機能を参考につくられました。国により審議会の立ち位置はさまざまですが、日本では予防接種に関する助言を厚生労働大臣に直接提言することができるよう、厚生労働省厚生科学審議会の中に設置されています。

-予防接種・ワクチン分科会と、従来の感染症分科会予防接種部会とでは、どのような点に違いがあるのかを教えてください。予防接種・ワクチン分科会では予防接種に関わる問題を総合的かつ継続的に評価・検討するようになりました。

 予防接種に関する審議の場はこれまでは厚生科学審議会感染症分科会の下にある予防接種部会でしたが、分科会として独立して設置された予防接種・ワクチン分科会で行うようになり、厚生労働大臣は、予防接種施策の立案に当たり専門的な知見を要する事項について厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会に意見を聴かなければならない、とされました。
 予防接種・ワクチン分科会では、委員は専門家を中心に構成されていますが、参考人として政府関係機関(医薬品医療機器総合機構、国立感染症研究所、医薬基盤研究所)、学会関係者(予防接種推進専門協議会)、製造・卸売代表者(日本医薬品卸業連合会、日本ワクチン産業協会)などの恒常的な参加を求め、議題に応じて必要な識見を有する者を招致することができます。また参考人のうち1名程度を一般代表(被接種者代表)枠として公募し、分科会長が選任する公募参考人制度も導入されました。さらに議長の許可のもとですが、一般人を含む傍聴人の発言を可能としています。これは今までにない開かれた審議の場と言ってもよいでしょう。分科会の下には「予防接種基本方針・政策部会」「研究開発及び生産流通部会」「副反応検討部会」の3つの部会が設置され、事務局の庶務的な要素は当局に、科学的・医学的要素は国立感染症研究所にと明確に振り分けられました。また、分科会は総合的推進計画の策定を行い5年に一度見直しを行うこと、法律上に位置付けられ医療機関から厚生労働大臣への報告が義務化された副反応報告を検討すること、なども決められました。

-今後の予防接種・ワクチン分科会の展望について教えてください。ワクチンギャップは数的には急速に埋められつつありますが、予防接種・ワクチンに関し医学的科学的なエビデンスに基づいてワクチンについて議論が行われ、また予防接種に従事する関係者の意見を反映しつつ、ワクチン被接種者が分かりやすい情報を届けていくべきと考えます。

 今回の法改正は、これまでの厚生科学審議会感染症分科会で議論されてきた「予防接種制度の見直しに関する第二次提言(2012年5月)」に基づいています。法改正により、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチン、ヒトパピローマウイルスワクチンなどの定期接種化がまず行われ、水痘・ムンプス・成人用肺炎球菌・B型肝炎・ロタウイルスなどのワクチンの議論も継続されています。ワクチンギャップは数的には急速に埋められつつありますが、今後は数的なことだけではなく、より安全でより効果的な、そして使いやすい感染症予防のツールとしてのワクチンへ発展させ、人々から信頼されるものへと進化させていく必要があります。そのためには、いかに法を適切に運用していくかも重要であり、予防接種・ワクチン分科会の果たす役割は非常に大きいと思います。

Vaccine Topic 生ワクチン弱毒化のメカニズム 北里大学北里生命科学研究所所長 大学院感染制御科学府 学府長 中山哲夫先生

生ワクチンによる免疫誘導の特徴は?

 現在使われているワクチンには、「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の2種類があります。 「不活化ワクチン」は、化学処理などを施した病原体から抗原タンパクを取り出したものを生体へ接種することで、主に抗体による液性免疫を誘導します。この液性免疫による抗体は、病原体が感染局所で産生する毒素により病態を引き起こすジフテリアや破傷風などの毒素を中和したり、病原体の侵入を防いだりすることで発症を予防します。
 「生ワクチン」は、液性免疫に加えて細胞性免疫を誘導することができます。感染性・増殖性を保った病原体が自然免疫を担う宿主の樹状細胞へ感染すると、感染細胞の内因性抗原として主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスⅠ分子により抗原提示されます。MHCクラスⅠに抗原提示された病原体抗原はCD8陽性ナイーブT細胞に認識され、CD8陽性細胞傷害性Tリンパ球(CTL)への分化を誘導します。ウイルス感染細胞を特異的に排除する細胞性免疫能が誘導され、その一部が免疫記憶細胞として残ります。
 こうした細胞性免疫や液性免疫の誘導には、自然免疫系が重要な働きをしています。自然免疫とは侵入してきた病原微生物をパターン認識しサイトカインやケモカインを誘導するプロセスです。ワクチンも生体にとっては異物です。不活化ワクチンの成分やアジュバントはToll-like receptor(TLR)やインフラマソームを刺激して炎症性サイトカインを誘導します。生ワクチンは細胞内で増殖することで核酸がTLRやRIG-like receptorを刺激してインターフェロン、炎症性サイトカインを産生します。これらのサイトカインはCD4、CD8陽性T細胞が認識するMHCクラスI、Ⅱ分子とともに認識されるco-stimulatory moleculeの発現を増強することで獲得免疫を誘導します。すべての有効なワクチンは自然免疫系を刺激することが免疫応答の引き金となっています(図1)。
 生ワクチンは生体内で病原体が増殖することにより免疫を誘導するため、ヒトに対する病原性を弱める「弱毒化」のプロセスが非常に重要となるのです。

生ワクチンの弱毒化とは?

 生ワクチンの弱毒化とは、増殖しにくい過酷な環境に病原体を馴化させ、その際に生じる変異によってヒトに対する病原性が弱まった株を選び出すプロセスです。その方法は大きく2つあります。 1つは、本来ヒトには病原性を持たないが近縁動物に感染する病原体をワクチン株として用いる方法で、ジェンナーにより発見された牛痘ウイルスやBCGワクチンなどがこれにあたります。ウシに感染するロタウイルスにヒトロタウイルスの遺伝子を組み込んだ5価のロタウイルスワクチンもジェンナー法の変法と呼ばれています。
 もう1つは、感染性を持つ本来の宿主以外の細胞種での培養、低温条件での培養など、病原体の増殖にとって過酷な環境で継代を行うことにより、ワクチンに適した株を選び出す方法です。この方法を用いたワクチンには、麻しんや風しん、おたふくかぜのワクチンなどがあります。
 さらに、選び出した株からプラーク純化を行って、均一な性質を持つワクチン株を選択します。プラーク純化のプロセスを経ているワクチン株には、北里研究所で開発された麻しんウイルスAIK-C株や風しんウイルス高橋株、おたふくかぜウイルス星野株、また1価のヒトロタウイルスワクチンがあります。

麻しんウイルスAIK-C株の特徴は?

 北里第一三共ワクチン(株)製造のMRワクチンに含まれている麻しんウイルスAIK-C株は温度感受性の特徴を持ち、そのメカニズムが遺伝子レベルで特定されています。 麻しんは感染性の強い急性熱性発疹性疾患であり、1960年代からワクチン開発が始まりました。現在世界で使用されている麻しんワクチン株は、1954年にEnders博士によって最初に分離されたEdmonston株を起源とするものが多く、ヒト腎細胞、ヒト羊膜細胞で継代されたものが世界各国の研究室に渡り、それぞれ異なる弱毒化プロセスを経て開発されています。
 北里研究所のAIK-C株は、Edmonston株の野生株をヒト羊膜細胞で継代した後に、ヒツジの腎細胞を用いて33℃で低温培養とプラーク純化を行ったウイルス株を、さらにヒツジ腎細胞、ニワトリ胎児胚細胞の順で継代培養した、独自に開発されたワクチン株です(図2)。その結果、AIK-C株は33℃でよく増殖するが39~40℃ではほとんど増殖しない特性、温度感受性を持っています。この特性はAIK-C株固有のものであり、温度感受性の形質維持には、麻しんウイルスの増殖に必要なPタンパクの遺伝子が関与していることが明らかとなるなど、分子生物学的なアプローチにより弱毒化の機序が解明されているワクチン株であると言えます。
 温度感受性を持つAIK-C株は、温度の低い体表付近で増殖しやすく、温度が高い身体の深部で増殖しにくい特徴を持ちます。体温が高く、麻しんウイルスに感受性を持つコットンラットでの経鼻感染実験で、温度非感受性の麻しんウイルスであるEdmonston株は、コットンラットの肺への感染がみられたのに対し、温度感受性を持つAIK-C株ではみられませんでした(図3)。また組み換えウイルスを使った実験から温度感受性にはPタンパク439位のアミノ酸が関与していることがわかりました。

これからのワクチン開発

 これまでの生ワクチンの開発は偶然の賜物という側面が大きく、多大な労力が必要とされてきました。現在、より高い精度で、より早く、新たな生ワクチンを開発する方法として、既存のワクチン株を用いたベクターワクチンの開発が期待されています。これは長い使用経験を経て、安全性が確認された既存のワクチン株をベクターとして、他の病原体の遺伝子を組み込む方法です。
 温度感受性を有し、ウイルスの感染・増殖に関するメカニズムの解明が進んでいる麻しんワクチンAIK-C株は、安全性の高いベクターと考えられ、RSウイルス、インフルエンザなどの遺伝子組み換えワクチンの研究が進んでいます。現在、ヒト培養細胞への感染実験など、ワクチン株ウイルスの挙動を解析しており、早期の実用化が期待されます。

日常診療Q&A 予防接種と医療訴訟について 医療法人社団崎山小児科 崎山弘先生

Q 医療訴訟の増加に伴って、予防接種法が改正されたこれまでの背景について教えてください。

A:現行の予防接種法の根幹は、平成6年6月に改正された予防接種法に遡ることができます。この時期に改正が行われた経緯には、平成4年12月18日の東京高裁判決が大きく影響しています。訴訟内容は、昭和27年から49年までの間に国の行政指導で実施された予防接種を受けた後、重篤な後遺症または死亡といった大きな健康被害が起こった小児に対する損害賠償請求を求めたもので、判決内容は、被害者に対する賠償は国家賠償法に基づいて行うというものでした。予防接種で健康被害を被ったにも関わらず平成6年以前の予防接種法では十分な救済が得られなかった方々を、どのようにして救済すればよいのかということに論点を置いた判決になったものと思われます。同様の裁判は、名古屋高裁や大阪高裁などでも争われており、東京高裁での判決はこれらにも影響を与えました。
 その後、一連の判決を重んじた国は、健康被害救済制度を組み込んだ予防接種法改正に舵を切りました。平成6年の改正予防接種法では、新たな健康被害救済制度が設けられ、また、ワクチン接種制度自体が、義務接種から勧奨接種へと変更されました。これは、「ワクチン接種にはリスクが存在するが、一方でワクチン接種による恩恵は大きいものである」という事実を、国民一人ひとりが十分に理解した上で、接種を受けることを意味しています。

Q 最近の予防接種に関連した訴訟の判例について教えてください。

A:判例とは、最高裁で判決が下されたもののみを指し、最近では平成18年6月に判決が下されたB型肝炎訴訟の例があります。これは、B型肝炎に持続感染した患者が、乳幼児期に受けた集団予防接種によりB型肝炎ウイルスに感染、その後、B型肝炎を発症し、肉体的、精神的、社会的、経済的損失を被ったとして、国に対し損害賠償請求を求めて札幌地裁に提訴した訴訟に対して下されたものです。判決内容の概要は、当時の集団予防接種では注射器の連続使用が行われており、これが原因でB型肝炎ウイルスに感染したとし、その後に発症した肝炎の発症は乳幼児期の集団予防接種に原因がある、としたものでした。
 予防接種に関連した裁判では、表1に示す『白木の四原則』に基づいて因果関係の有無が判断されます。本判決では、表1の②について、予防接種以外の感染の可能性を否定した判断となっていることが最近の医学的知見からは違和感のあるところですが、被害者救済という観点で認められたものと思います。
 一方、医師個人が訴えられ、最高裁の判決が下された例はありません。途中で和解に持ち込まれた訴訟もあるかとは思いますが、通常、重大な過失がない限り、医師個人がワクチン接種事故で訴えられることは少ないものと思われます。しかし、あってはなりませんが、もし日常診療でのワクチン接種時に手技的ミス、たとえば接種すべきワクチンとは異なるワクチンを接種してしまったなどの場合には、保護者の方に丁寧に説明し、適切な事後措置を講じることが肝要であることは言うまでもありません。

表1 白木の四原則

Q ワクチン接種での訴訟リスクを回避するためには、どのような点に気をつける必要があるでしょうか。

A:日常診療でのワクチン接種にあたっては、いくつか留意する点があります。それは、保護者の方の意思を尊重したワクチン接種を行うことです。たとえば、お子さんにワクチンの同時接種を実施しようとする際に、保護者の方が躊躇することがあります。このような場合、無理に同時接種を行ってはいけません。ワクチン接種に欠かせないことは、被接種者あるいは保護者の方の理解と同意です。予診時に保護者の方が接種するワクチンについて十分に理解しているかどうかを確認し、同意を得た上で予診票の確認欄にサインしていただいてからワクチンを接種すること、これがもっとも重要なのです。
 副反応に関する情報提供は、情報のすべてを提供して危機感を煽るのではなく、適宜、取捨選択した情報を提供することがポイントでしょう。接種後に予診票あるいはカルテなどに、どのような状態で接種したかを振り返ることができるよう、接種当日の身体所見(診断内容)を記載しておくことも大切です。このような点を常に念頭に置き、ワクチン接種を実施することで、起こり得るトラブルを未然に防ぐことが可能となります。

Q 予防接種についてのリスクを説明する際に気をつけることを教えてください。

A:ワクチン接種は、健康な小児あるいは成人に行う医療行為であり、まず診断してから治療を行う一般診療と比較してシンプルなものと言えます。シンプルな医療行為であるが故に、ワクチン接種のリスクとベネフィットを念頭に置き、保護者や被接種者に予防接種に関する説明を適切に伝えることが大切です。
表2 リスクの捉え方に影響を与える因子(バイアス)と判断への影響 保護者の予防接種に対する考え方はさまざまで、ワクチンはリスクがなく安全であるという誤解をしている方がいる一方、リスクばかりを気にしてワクチンの接種を戸惑う方もいます。この両者ではリスクに対する感じ方が大きく異なります。ワクチンにリスクがないと思い込んでいる方に対しては、ワクチンにはリスクがあることをしっかり伝えると同時に、それに勝るベネフィットが得られるという事実を十分に説明することが重要でしょう。リスクばかりにとらわれる方に対しては、リスクに対するバイアスの理論(表2)を応用して説明するとうまくいくことがあります。たとえば「とりあえず1週間ほど先にワクチン接種の予約を入れておきましょう」といった形で保護者の方に時間的な余裕を与えると、リスクに対する考え方に変化が生じ、納得して接種に応じる方がいらっしゃいます(即時性のバイアス)。
 ワクチン接種を含め、医療行為にはリスクがあります。大切なことは、保護者や被接種者が持つリスクの感じ方の程度を見極め、その程度に応じて適切に対応することです。それにより、ワクチン接種を希望する方が、自分にとってもっとも適した判断を下すことができるようになるのです。予防接種は保護者や被接種者の十分な理解の上に成立するものであることを理解することが大事です。

スペシャリスト Pick Up ロタウイルスワクチンの理解を深めよう 藤田保健衛生大学医学部 ウイルス・寄生虫学 教授 谷口孝喜先生

ロタウイルスワクチンの開発コンセプトについて

 ロタウイルス胃腸炎は乳幼児に発症する下痢症の中で最も主要で、乳幼児が病原体であるロタウイルスに複数回感染すると、交叉性の免疫が得られることが報告されています。ロタウイルスワクチンは、このような自然感染による感染防御メカニズムを模倣する形で開発されました。現在用いられているロタウイルスワクチンは、ヒトの便から採取されたヒトロタウイルスG1P[8]株に由来する1価のワクチンと、ウシロタウイルスの外殻タンパクの遺伝子を人工的にヒトロタウイルス外殻タンパクの遺伝子と入れ換えたG1P[5]、G2P[5]、G3P[5]、G4P[5]、G6P[8]の5つの株を含有する5価のワクチンがあります。
 ロタウイルスは腸管上皮細胞へ感染、増殖することで病態を引き起こすため、ロタウイルスに対する免疫の誘導には、ワクチン株が腸管内で十分増殖することが重要です。現在使用されている2つのワクチンは由来株が異なるため用法が異なります。たとえばヒト由来である1価ワクチンは1.5mLを2回、ウシ-ヒトのリアソータント(遺伝子の再集合体)由来である5価ワクチンは2mLを3回接種することで、免疫を獲得することができます。

ヒトロタウイルス由来 1価ワクチンの感染防御メカニズムについて

 1価ワクチンはヒトロタウイルスG1P[8]株を由来としますが、他の株に対しても予防効果が確認されています。 一般に病原体に対する感染防御は、中和抗体による液性免疫と、感染細胞を排除する細胞性免疫の2つが関与していると考えられます。1価ワクチンの防御メカニズムには、ロタウイルス外殻のVP7、VP4抗原に対する交叉性の中和抗体と、内殻・コアのVP6、VP2抗原に対する細胞性免疫が関与しています(図1)。
 まず、外殻のVP7(G型)にはG1とG3、G4、G9の間で共通抗原の存在が知られています。そしてVP4(P型)にはP[8]とP[4]の間に共通抗原部位が多く存在し、交叉性の中和抗体が働くと考えられます。図1  ヒトロタウイルス由来 1価ワクチンの感染防御メカニズムさらに、ロタウイルスの内殻タンパクVP6、コアタンパクVP2はヒトロタウイルス内でほぼ構造が共通しています。特にタンパク量の多いVP6が細胞性免疫の獲得に強く影響することで、1価ワクチンはG1P[8]株以外にも感染防御を示すと考えられています。

ワクチン導入による野生株への影響について

 ブラジルでは2006年のワクチン導入直後にG2P[4]株によるロタウイルス胃腸炎が増加したという報告がありました。しかし、同時期にワクチンを導入していないアルゼンチンなどの隣国でもG2P[4]株が流行していたこと、さらにブラジル国内ではワクチン導入前からG2P[4]株が流行していたという報告もあり、一概にワクチンの導入が野生株の分布状況に影響を与えたかどうか判断することはできません。また、ワクチン導入後、G3P[8]株の分布が増加したとの報告もあります。G型の分布には年と地域によって変化がみられます。ワクチン導入による流行株への影響を考える際は、導入前後の流行株の状況や対象地域での野生株の分布状況を十分考慮して判断する必要があるでしょう。
 ロタウイルスワクチンは経口接種の弱毒生ワクチンであり、ワクチン株ウイルスが便中に排出されます。ワクチン導入による野生株への影響を考える際は、流行株の分布への影響だけでなく、排出されたワクチン株による胃腸炎の発症や、ワクチン株と野生株との間にリアソータントが生じる可能性も考慮すべきでしょう。ロタウイルスの強毒化、弱毒化のメカニズムに関する今後の研究が重要と考えられます。

特別記事 彩の国 予防接種推進協議会 会長 医療法人自然堂 峯小児科 峯眞人先生に聞く

〈埼玉発〉VPDをなくすために -彩の国 予防接種推進協議会の取り組み-

彩の国 予防接種推進協議会の設立経緯と活動目的

 ワクチンで予防できる疾患は数多く存在します。しかしわが国では、欧米先進国と比較してワクチンの開発・導入が滞った時期があり、ワクチンギャップと呼ばれる大きな問題を抱えていました。近年、新しいワクチンが次々と導入され、ワクチンギャップは解消されつつあります。ギャップの解消は歓迎すべきことですが、他方では、自治体ごとに異なるワクチン接種の助成状況や定期接種と任意接種の違い、予防接種の時期といった新たな問題が浮き彫りとなり、自治体や医療現場に混乱をもたらしてきました。
 2012年、このような現状に危惧を抱いた私たち小児科医は、耳鼻科医、産婦人科医などVPDに関わる医師や助産師、コメディカル、保健関係者、自治体関係者などさまざまな分野からメンバーを集め、適切なワクチン接種の情報を共有する「彩の国 予防接種推進協議会」を設立するに至りました。これは全国初の試みでした。
 本協議会の目的は、埼玉県で予防接種を推進し、VPDから子どもたちの命を守ることです。その意義をいろいろな方に知っていただくために、まずホームページを立ち上げました。また各分野のキーパーソンや医師会の協力を得て、協議会を認知してもらい、予防接種に関わるさまざまな職種の方へ参加を呼びかけています。今後は、子どもたちと接する学校関係者の参加を積極的に呼びかけていきたいと考えています。

彩の国 予防接種推進協議会の取り組み

 具体的な活動として、本年は予防接種法の改正に伴う情報共有を主目的とした学術講演会を行いました。3~4月にかけて埼玉県を5つのエリアに分けて実施し、医療従事者や自治体関係者など合計約700名にご参加いただきました。今までは、ワクチンに関する情報提供は医師を対象に行われることが多かったため、自治体関係者の方には情報が届きにくい状況がありました。しかし今回、私たちの協議会のような中立的な組織が講演会を開催することで、自治体関係者の方も参加しやすくなり、新しいワクチンの情報や予防接種制度の話題を入手できるようになりました。予想以上の反響でした。
 また、予防接種の現場の問題共有と改善をめざし、多職種参加のワークショップを開催しています。5月19日に開催した第1回ワクチンフォーラムでは、埼玉県の予防接種の現状についての報告、専門医の講演に続き、3つのワークショップを開催し、看護師や助産師、保健師といった多くの方々の参加の中で、ワクチン啓発の問題や現場でのヒヤリハットについて活発な意見交換が行われました。ワクチン接種の最前線に従事している多職種の方が、最新の情報を得られ、さまざまな医療現場の生の声を聞いて意見交換する機会を提供できたことは非常に意義あることであり、参加者からも好評を得ています。7月には、誤接種防止や副反応対策にフォーカスし、ワクチン接種におけるリスクマネジメントについて議論を深める第3回ワークショップと学術講演会を行いました。

活動の課題と展望

 予防接種に関するさまざまな情報や法改正に伴う変更点などは、迅速にすべての関係者に情報共有されるべきですが、現実には十分ではありません。時として現場では大きな混乱がみられ、これは非常に深刻な問題であると捉えています。今後、私たちのような協議会がボトムアップの形で、国の当該機関に対して医療現場の要望や解決すべき問題を提示していくことで改善できればと考えています。
 現在、彩の国 予防接種推進協議会と同様の組織が全国各地区で設立されようとしています。これからも私たちは、全国各地のワクチン接種に従事する方々の参考となり得るような活動を続けていきたいと考えます。