Vaccine Digest 第15号(2017年12月発行)

Vaccine Digestとは

「Vaccine Digest」はワクチンの専門会社であるジャパンワクチンが、話題のトピックや学術・行政の情報、日常の診療に役立つコツなどをお届けしている定期情報誌です。先生方のお役に立つ情報が満載ですので、ぜひご覧ください。

目次

  • 感染症の流行を追う

    冬から春先に流行する感染症
    〜ノロ・ロタウイルスについて〜

    札幌医科大学 医学部 小児科学講座 教授 堤 裕幸先生

  • スペシャリスト Pick Up

    ロタウイルス自然感染とワクチンによる
    交叉防御メカニズム

    藤田保健衛生大学 名誉教授 谷口孝喜先生

  • Vaccine Topic

    インフルエンザワクチンの疫学研究について

    保健医療経営大学 学長 廣田良夫先生

  • 日常診療 Q&A

    免疫抑制状態下でのワクチン接種についてのQ&A

    国立成育医療研究センター 生体防御系内科部 感染症科
    医長 宮入 烈先生

  • ワクチン行政 Watching

    地域医療における小児科かかりつけ医の展望

    及川医院 院長 及川 馨先生

  • 特別記事

    ワクチン接種を躊躇する家族たちに必要な情報

    富山大学 小児科 助教 種市尋宙先生

感染症の流行を追う 冬から春先に流行する感染症〜ノロ・ロタウイルスについて〜 札幌医科大学 医学部 小児科学講座 教授 堤 裕幸先生

感染性胃腸炎の流行とノロウイルス、ロタウイルス

 感染性胃腸炎の原因病原体はノロウイルスが最も多く、ついでロタウイルス、サポウイルスと続きます。全国約3,000か所の小児科定点医療機関から報告される感染症発生動向調査では、感染性胃腸炎の流行は年末年始にピークを迎え、春まで流行が続きます。過去10シーズンを通して、流行のサイクルに大きな変化はありません1)。全国の地方衛生研究所から報告される病原微生物検出情報の病原体別検出報告では、ノロウイルスは冬季の11〜12月(45〜52週頃)、ロタウイルスは春先の3〜5月(10〜18週頃)に流行のピークを認めています(図12)
ノロウイルスは糞便や嘔吐物の手指を介した接触感染、乾燥した排泄物の飛沫糞口感染、汚染食品や水の摂取による経口感染があります。地方衛生研究所の病原体個票や集団発生病原体票の集計では、散発例以外に、保育所、幼稚園、小学校、老人施設等におけるヒト-ヒト伝播による集団発生が多く報告されています。また、飲食店、宿舎・寮などにおける食中毒の検出も一定の割合で含まれており、小児から成人まですべての年齢層で感染がみられます3)。乳幼児や高齢者では、嘔吐、下痢によって体力を消耗し、脱水症状を引き起こします。
 ロタウイルスは感染力が非常に強く、便1g中に100億個程度のウイルスが含まれ、10〜100個で感染が成立すると考えられています。主な感染経路は糞口感染で、患者の便を処理した後、手や爪に数億個のウイルスが残っていることもあり、そこから感染が広がっていきます。小児では他のウイルス感染症に比べ、重度の脱水がみられますが、成人では不顕性感染が多いといわれています。

ノロウイルス、ロタウイルスの遺伝子型の流行状況

 ノロウイルスはG〜Gの遺伝子群があり、GとGが主にヒトに感染し、それぞれ10以上の遺伝子型をもっています。病原微生物検出情報の遺伝子型調査では、ノロウイルスは検出割合に変化はあるものの、2006/07〜2015/16シーズンまでG.4を中心に流行が続いていました。2015/16シーズンはG.4以外に成人を中心にG.17という型があらわれました。さらに2016/17シーズンはG.4の検出数が大幅に減少し、G.2の大きな流行がみられました3)
 ロタウイルスは外殻タンパクのGとP遺伝子型の組み合わせで多数の遺伝子型が存在します。病原微生物検出情報ではG遺伝子型でみた検出数を報告しており、2007/08〜2011/12シーズンはG3、その後2014/15シーズンまではG1、2015/16シーズンからはG2と、流行型が変化しています3)
 ノロウイルスでは特定の遺伝子型が世界規模で流行するのに対し、ロタウイルスは地域性がみられるのが特徴です。例えば同じ北海道内であっても、苫小牧、札幌、室蘭などの比較的近接した地域間でも流行するロタウイルスの遺伝子型に違いがあることがわかっています4)。わが国の感染症対策においては、こうした流行の地域特異性を考慮することも重要と考えます。

ワクチン導入によるロタウイルス胃腸炎患者数の変化

 わが国では、2011/12シーズンからロタウイルスワクチンが導入されました。ワクチンによる感染予防は、接種可能な月齢から早期に接種を開始し、2月頃から始まる流行期前には規定回数の接種を完了しておくことが非常に重要です。ロタウイルス胃腸炎は、初回感染時に最も重症化しやすく、2回目以降は症状が軽くなることが知られています。したがって、生後早期にワクチン接種を開始することで重症化予防が期待できます。
 わが国ではロタウイルスワクチンは任意接種であり、接種率の高い海外の報告にみられるような顕著なインパクトはないものの、ワクチン導入後のロタウイルス胃腸炎の減少傾向が確認されています。三重県津市(2病院・1クリニック)、岡山県倉敷市(1病院)、千葉県いすみ市(1クリニック)でワクチン導入前後の変化をみた調査で、詳細なデータが報告されています。ワクチン導入前後の複数年にわたって、地域毎に5歳未満のロタウイルス胃腸炎患者数(入院、外来とも便検体を回収できた患者)とその遺伝子型を調査し、各地域とも患者数の明確な減少が認められています(図25)。ワクチン接種率については、いすみ市は公費助成によりほぼ100%、津市と倉敷市は、2011/12〜2013/14シーズンに30%、46%、55%と年々上昇したことが示されており、各地域とも2013/14シーズンから患者数が大きく減少した経過をみると、50%以上の接種率が維持できれば一定の効果が期待できるとも考えられます。いずれの地域でも、ロタウイルスの遺伝子型に経年変化がみられますが、ワクチンの影響かどうかについては今後のさらなる検討が必要だと結論づけられています。
 ノロウイルスはウイルス粒子を形成する構造タンパク質の遺伝子を組み換え、さらに粒子構造上の制約の範囲内で自由にアミノ酸を変化させ、抗原性を変えることができます2)。ノロウイルスワクチンは現在開発が進められていますが、このような遺伝的多様性が開発の最大の障壁であると考えられます。ワクチンの臨床使用にはまだ時間がかかると思われますが、下痢症ウイルスの分子疫学と感染制御に関する研究を展開し、ノロウイルスのゲノム進化を解析することで、遺伝子型の変遷を予測するプログラムの開発に成功していることから2)、今後のワクチン研究開発の加速に期待したいと思います。

感染性胃腸炎対策の今後について

 ロタウイルスワクチンは、重症化予防などで一定の成果を上げていますが、社会全体での予防効果をより強力なものにするためには、接種率の向上とその維持が必要不可欠です。加えて、ワクチン接種は集団免疫効果により感染性胃腸炎の予防にどの程度寄与しているか、流行株の変遷に影響を与えているかなどを評価していく必要があります。流行シーズンを前に、子どもたちを感染性胃腸炎から守るため、ロタウイルスのようにワクチンで予防できる感染症は、確実にワクチン接種を行い、予防するべきでしょう。
 ノロウイルスについては、ワクチン開発を含めたさらなる研究により病態解明が望まれます。今できる感染予防としては、非流行期にも集団発生事例が報告されていることから、通年的な衛生管理とともに、感染性胃腸炎の患者発生動向とウイルス検出情報の把握・分析が欠かせないと考えます。

  • 参考文献
  • 1)国立感染症研究所. 感染症発生動向調査 週報(IDWR).
  • 2)国立感染症研究所. IASR Vol. 38, No.1 (No. 443), 2017.
  • 3)国立感染症研究所. 病原微生物検出情報(IASR).
  • 4)Kondo K, et al. Emerg Infect Dis. 2017; 23(6): 968-972.
  • 5)Tanaka T, et al. Jpn J Infect Dis. 2017; 70(4): 448-452.

スペシャリストPick Up ロタウイルス自然感染とワクチンによる交叉防御メカニズム 藤田保健衛生大学 名誉教授 谷口孝喜先生

ロタウイルスの粒子構造と感染メカニズム

 ロタウイルスは、レオウイルス科に属し、さまざまな哺乳動物および鳥類を宿主として急性胃腸炎を引き起こします。ロタウイルス粒子は、コア、内殻、外殻の3層構造をとっています。コアはVP1、VP2、VP3からなり、外側を内殻タンパクVP6が覆って一重殻粒子を形成し、さらに外殻タンパクVP7とVP4で覆われて二重殻粒子の感染性ウイルス粒子となっています。内部には11本の分節2本鎖RNA(dsRNA)で構成されるゲノムが格納され、それぞれがウイルスタンパクをコードしています。NSP1〜6は非構造タンパクでそれぞれ固有の機能があり、NSP4の場合はエンテロトキシン活性も有します。
 外殻を構成するVP7とVP4は独立した中和抗原を有し、その遺伝子型としてVP7はGタイプ、VP4はPタイプを規定し、GとPの組み合わせで多様な遺伝子型(血清型)を形成します。また内殻タンパクであるVP6の抗原性によりA〜H群に分類されますが、ヒトではA群が流行の大部分を占めます。
 ロタウイルスは、腸管上皮細胞を標的として感染します。腸管内でトリプシン様酵素により、ウイルス粒子表面のVP4がVP5とVP8に開裂して細胞表面のレセプターと結合し、細胞内へ侵入します。この際、外殻のVP7とVP4は脱殻し、VP6が再配置した一重殻粒子となり、2本鎖RNAゲノムのマイナス鎖を鋳型としてプラス鎖mRNAが転写されます。mRNAは、新生粒子のプラス鎖になるとともにウイルスタンパクを作ります。これらの構成タンパクはNSP2とNSP5を中心に構成されるviroplasmで集合し、VP6で覆われた一重殻粒子を新たに形成し、小胞体に出芽します。さらにVP7とVP4で新たに覆われた二重殻粒子となり、細胞の破壊によって細胞外に放出され、新しい細胞に感染していきます(図11)。この1サイクルはヒトでは12〜15時間かけて行われ、何千個ものウイルスが1つの細胞から出ていくと考えられています。

  • viroplasm:感染細胞内に存在するウイルス工場。非構造タンパク等で作られる不定形の封入体。

ロタウイルス自然感染時の免疫応答

 ロタウイルス感染時、ヒトの体内ではウイルスおよびその構成タンパクに対する液性免疫と、感染細胞に対する細胞性免疫が誘導されます。
 液性免疫では、2つの感染防御抗原VP7とVP4に対する中和抗体の腸管腔内での免疫応答が主要なターゲットとなります。VP4にはPタイプ特異的な中和エピトープの他に、交叉中和エピトープが多数存在します。VP7は免疫原性が高く、Gタイプ特異的ですが、少なくともG1、G3、G4などに対する交叉中和エピトープを有します。VP4、VP7ともに遺伝子型の異なるウイルスに対しても共通の中和抗体を産生し、交叉免疫を誘導します2)
 また、内殻タンパクであるVP6に対する抗体産生も大きな役割を果たします。VP6はウイルス粒子を構成するタンパクの量的割合が約80%と高く、増殖時には大量に産生されます。抗VP6抗体は本来ウイルス粒子への中和活性をもちませんが、分泌型抗VP6-IgA抗体は管腔側に分泌される過程での細胞内中和作用が免疫応答に関与していると考えられています。分泌型抗VP6-IgA抗体は、感染細胞内で脱殻してVP6がむき出しとなった一重殻粒子に結合することで転写活性を抑制する機序や、構成タンパクを中和して粒子形成自体を阻害する機序などが考えられます。そのほかの構成タンパクへの分泌型IgA抗体も産生されており、それぞれ細胞内中和作用がみられると考えられます。こうした内部タンパクの感染防御は、A群のロタウイルスであれば遺伝子型に関係なく共通しています2)
 細胞性免疫では、ロタウイルスに特異的な細胞傷害性T細胞が活性化し、感染細胞のアポトーシスを誘導します。細胞性免疫がヒトでどの程度働いているかはわかっていないのですが、動物実験で、ロタウイルスの内部タンパクへの曝露によって、Th1系、Th2系双方のサイトカインの顕著な発現がみられ、細胞傷害性T細胞が誘導されたことが報告されています2)。これらの感染防御反応も、遺伝子型特異的ではなく、A群ロタウイルスに共通にみられる反応です。
 自然感染時の免疫応答は、VP7およびVP4に対する中和抗体の誘導だけでなく、VP6を中心とした内部タンパクに共通して起こる、細胞内中和作用、細胞性免疫が重要な役割を果たし、複雑に作用していると考えられています(図22)

ワクチンによる交叉防御メカニズム

 通常、ロタウイルス感染症は初感染時に重症化しやすく、感染を重ねるほど症状は軽くなります。また、再感染時は交叉免疫反応が誘導されやすいことが知られています。 ロタウイルスワクチンは、このような自然感染時の免疫反応を模倣したワクチンであり、現在わが国ではRV1とRV5の2種類が使用されています。RV1は、世界的に最も高頻度に存在するG1P[8]タイプのヒトロタウイルス由来の弱毒生ワクチンで、VP7とVP4の交叉反応性の中和抗体産生、VP6等の内部タンパクの共通抗原に対する免疫応答を期待したものです2)
 ワクチンによる交叉免疫反応については、異なる遺伝子型のウイルスに対しても、ヒトでの交叉免疫の誘導が確認されています3)。実際、RV1の臨床評価では、主要流行株すべてに対する有効性が示されています4)。抗原型が大きく異なるG2に対する交叉防御能が懸念されていましたが、さまざまな検討でG2に対する十分な交叉防御能が認められています5)
 このような交叉防御能を示すことができる背景には、RV1はヒトロタウイルス由来であるために「種の壁」がなく、腸管内で効率よく増殖し、高い免疫誘導能を発揮することが影響していると考えます。また、VP6等の内部抗原は遺伝子型によらずヒトロタウイルスに共通の免疫誘導を起こすため、ヒトロタウイルス由来ワクチンであるRV1は内部抗原に対する免疫誘導能に優れていると考えられます(図32)
 RV1は、自然感染時に侵入してくるヒトロタウイルスとの共通抗原が多く、広い交叉免疫獲得が可能です。また、増殖性に優れることからその免疫応答も高く、2回接種で多様な遺伝子型に優れた防御能を示すことができるワクチンだといえるでしょう。

  • 参考文献
  • 1)河本聡志ほか. ウイルス. 2014; 64(2):179-190.
  • 2)谷口孝喜. ウイルス 2012; 62(1): 87-96.
  • 3)Taniguchi K, et al. J Clin Microbiol. 1991; 29(3): 483-487.
  • 4)Vesikari T, et al. Lancet. 2007; 370: 1757-1763.
  • 5)予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会ロタウイルスワクチン作業班. ロタウイルスワクチン作業班中間報告書 (2013年11月18日).

Vaccine Topic インフルエンザワクチンの疫学研究について 保健医療経営大学 学長 廣田良夫先生

1 インフルエンザ疫学研究の問題点

 わが国におけるインフルエンザワクチンの有効性評価のための観察研究は、多くがコホート研究によって実施されています。しかし、これらの報告の中には、コホート研究の原則である「接種者・非接種者をもれなく等しく追跡する」を厳密に満たしている研究はあまり多くありません。過去に病原診断を取り入れた国内研究の多くは、インフルエンザ流行開始前に参加施設で接種者と非接種者を登録し、受診時の検査でインフルエンザと確定した患者を「発症あり」とカウントする手法を用いています。この場合、対象者が医療機関を受診しないと診断できません。一般に、1シーズンに1人あたり2〜3回インフルエンザ様疾患(Influenza-like illnesses; ILI)を発病すると言われていますが、ILI症状では受診しない場合も少なくありません。我々が6歳未満児で実施した調査では、インフルエンザ最流行期に発熱39度以上のILI症状を呈した場合でも、医療機関を受診した人は50%でした1)
 さらに接種者と非接種者では受診行動が異なるため、「受診行動」はワクチンの有効性評価に大きく影響することになります2)。かつてインフルエンザワクチン無効論が支配的であった時代には、健康意識の高い世帯の子どもが接種していました。こうした世帯では子どもがILIを発症するとすぐに受診するため、接種者の発病率を高く見積もる傾向がありました。ところが最近ではワクチンの有効性の理解が進んだことで、非接種の場合にインフルンザを心配して積極的に受診するようになり、非接種者の発病率を高く見積もる傾向がみられます。このように接種行動と受診行動の関連によって強いバイアスが結果に影響するため、受動的サーベイランスによる調査は基本的に容認されません。
 またインフルエンザ疫学研究では、流行するウイルス株が時と場所によって異なることを念頭に置く必要があります。たとえエビデンスレベルの高い無作為化比較対照試験であったとしても、その結果は実施した時・場所・対象に特異的なものであり、一般化することはできません。

2 「インフルエンザワクチンは効かない」という誤解

 インフルエンザワクチンの有効性評価が他のワクチンに比べて難しい理由として、ヒトは過去に何度もインフルエンザウイルスに曝露していることがあげられます。既存抗体による防御作用が働くため、ワクチン非接種者でもインフルエンザにかかりにくい傾向があり、ワクチンの有効性の検出度合いが小さくなります。また流行株とワクチン株の抗原性の合致度が低くても、ワクチンの抗原刺激によって過去に獲得した抗体の影響で、高い有効性を認めるケースも報告されています(図13)。動物実験とは異なり、ヒトでは「流行株とワクチン株の抗原性の合致度が必ずしもワクチン有効性に反映しない」ことが、インフルエンザワクチンの有効性評価を一層複雑なものにしています。
 また、疫学データを読み取る側にも、正しい知識が求められます。「インフルエンザワクチンの有効率70%程度」とは、非接種者の発病率を1とした場合に接種者の発病率が0.3(例えば、発病率が20%対6%)になることを意味し、この差の0.7がワクチン有効率70%となります。この有効率を表す具体例を示すと、全児童数550人の小学校でワクチンの集団接種を行い、接種者500人、非接種者50人であった場合、接種者のうち30人(6%)と非接種者のうち10人(20%)がインフルエンザを発病することになります。20年ほど前まで、わが国ではインフルエンザワクチンの有効性に関して否定的な意見が多くみられました。当時はワクチンの有効率の意味を誤解している人も多く、前述のような「インフルエンザ発病者40人のうち30人はワクチン接種者」という状況に対して、「ワクチンが効いていない」と誤った見方をされていました。残念なことに、疫学の基礎知識が乏しい中で、インフルエンザワクチンは効果がないと断じられていたと考えられます。

3 有効性モニタリングのための新しい手法「Test-negative design」

 近年、インフルエンザワクチンの有効性を評価するための新たな手法として、症例対照研究の特殊型であるTest-negative designが登場しました。Test-negative designでは、流行期にILIで医療機関を受診した患者を対象に、インフルエンザの病原診断によって陽性の人を症例群、陰性の人を対照群に分類し、過去のワクチン接種歴を比較して、有効率を算出します。この手法の最大の特徴は、結果指標がインフルエンザの検査確定例であり、受診行動が症例と対照間で似通うため、ILIを指標とすることによる有効性の希釈や受診行動に起因するバイアスを克服できる点です(図2)。
 米国やカナダでは2004年から、EUでは2008年からこの方法による有効性モニタリングを毎シーズン実施しており、わが国でも厚生労働省研究班で大阪市立大学の福島若葉教授が2013/14シーズンから実施しています。検査確定インフルエンザに対するワクチン2回接種の調整オッズ比はすべてのシーズンで有意に低下しており、ワクチン有効率は、2013/14、2014/15、2015/16 シーズンそれぞれ、51%、50%、60%でした(4)
Test-negative designであっても、実臨床では、病原診断の実施の有無が医師の判断に依存するため、登録された患者集団が必ずしも受診患者を代表しない可能性が指摘されています5)。こうした選択バイアスを除去する工夫として、福島らの研究では「受診患者を連続して登録」することとしています。また、迅速診断の結果を用いると、偽陰性の混入によって有効性を過小評価するため6)、PCRや培養による検査結果を用いることが望ましいといえます。対象者がシーズン中に複数回受診した場合には、それぞれの検査結果を別の対象として登録するなど、症例対照研究の基本理論を理解して適用することも重要です。

4 インフルエンザワクチンの正しい評価と臨床応用のために

 インフルエンザワクチンの有効性研究は非常に複雑ですが、適切にデザインされた観察研究を積み上げることによって、正確な評価に近づくと考えます。インフルエンザワクチンの臨床応用には、米国予防接種諮問委員会(ACIP)が毎年示している『インフルエンザの予防と対策』(厚労省研究班訳)が参考になるでしょう。同勧告ではエビデンスに基づき、「生後6か月以上のすべての者をインフルエンザワクチンの接種対象とする」などの提言が示されています7)。インフルエンザ予防の正しい知識・最新情報を得て、日常診療に臨んでいただきたいと思います。

  • 参考文献
  • 1)Ochiai H, et al. Vaccine. 2009; 27(50): 7031-7035.
  • 2)福島若葉ほか. Phama Medica. 2015; 33(11): 47-51.
  • 3)Kilbourne ED, et al. In: Plotkin SA, et al. editors. Vaccines, 3rd ed. W.B. Saunders; 1999. pp531-551.
  • 4)福島若葉ほか. 厚生労働行政推進調査事業費補助金「ワクチンの有効性・安全性評価とVPD(vaccine preventable diseases)対策への適用に関する分析疫学研究」平成28年度 分担研究報告書(平成29年3月)
  • 5)Coleman LA, et al. Vaccine. 2011; 29(3): 387-390.
  • 6)Orenstein EW, et al. Int J Epidemiol. 2007; 36(3): 623-631.
  • 7)インフルエンザの予防と対策 2016年版 米国予防接種諮問委員会(ACIP)勧告, 廣田良夫ほか監修, 日本公衆衛生協会, 2017.

日常診療Q&A 免疫抑制状態下でのワクチン接種についてのQ&A 国立成育医療研究センター 生体防御系内科部 感染症科 医長 宮入 烈先生

Q 基礎疾患を有する患者や免疫抑制状態にある患者の感染症リスクとワクチン接種の考え方について教えてください。

A:基礎疾患を有する患者や免疫抑制状態にある患者は、感染症に罹患しやすく、重症化リスクが高いことが知られます。このような患者では、特に水痘、麻疹、肺炎球菌感染症の死亡率が高いことが報告されています1)。しかし、こうした患者へのワクチン接種については有効性や安全性について不明な部分が多く、予防接種に関する指針も未整備であったことから、接種を迷うケースも少なくありませんでした。そこで、これらの患者に有効で安全な予防接種を推進するため、各学会の専門医が中心となってエビデンスに基づいた『小児の臓器移植および免疫不全状態における予防接種ガイドライン2014』が作成され2)、予防接種の適応を判断する上での臨床的な疑問への回答が得られるようになりました。その概要を右頁に示します。免疫抑制状態にある患者には不活化ワクチンが接種されますが、接種後の抗体獲得率は7〜8割であり1)、基本的な有効性と安全性は確立していると考えられています。

Q 基礎疾患を有し、定期接種のタイミングを逃した小児のワクチン接種スケジュールの考え方について教えてください。

A:2013年に予防接種法の改正により、長期にわたり療養を必要とする疾病にかかり、定期接種期間中の予防接種を受けることができなかった人は、その事情がなくなった日から2年を経過する日までの間は定期接種として受けられるようになりました3)。しかし、実際には申請書類の作成費用や自治体とのやりとりで課題が多く、制度の運用面ではまだ改善の余地があるように思います。
先生方が外来で、基礎疾患がある小児に遭遇して、ワクチン接種の適応に迷った場合は、予防接種センターのような専門施設に相談されるのも一つの方法だと思います。当施設でも適切な接種スケジュールを作成し、その後、それぞれの患者さんに利便性の良い医療機関で接種してもらっています。日本小児科学会では、定期接種の対象年齢以外でも接種を勧めるべきワクチンについて、『定期接種対象外の年齢小児(15歳未満)へのワクチン接種』の手引きを示しており4)、個々の疾患のリスク、病原体ごとのワクチンの有効性と安全性を正しく評価した上で、接種可能なワクチンは基礎疾患がある小児や免疫抑制状態の患者でも、機会を逃すことなく接種を行ってほしいと考えています。また、そのような患者さんを社会全体で守っていく意味でも、より多くの子どもたちへのワクチン接種を積極的に勧めていただきたいと思います。

Q 基礎疾患別に接種が勧められるワクチンと接種時の注意点について教えてください。

A:免疫抑制薬などが投与される患者には、①不活化ワクチンの効果は減弱するが、原疾患を増悪させることなく接種が可能であり、原則として推奨される。②弱毒生ワクチンは原則として接種禁忌となるが、流行状況や免疫状態を個々に判断し倫理委員会の承認のもと接種することが考慮される。③免疫抑制状態になる前に接種が可能であれば、積極的に弱毒生ワクチンを含め接種を実施する。④免疫抑制状態になった後は過去の免疫能は減衰するため、追加の接種が考慮される、の4点が共通して推奨されます1)
基礎疾患や免疫抑制状態ごとに接種が奨励されるワクチンと接種時の注意点を()に示します。接種時期に関しては、いずれの基礎疾患でも原則として急性期は避ける必要があります。
肺炎球菌ワクチンについては、健康な子どもへの接種に加えて、より多くの血清型をカバーできる23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23)の接種が行われます。沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13)の接種後にPPSV23を接種することで、有効性が増すことが知られています。
気管支喘息のある小児で特に重要となるのがインフルエンザワクチンです。インフルエンザは喘息発作を誘発させる因子となるほか、インフルエンザA(H1N1)pdm2009の流行時には、喘息が重症化し肺炎を発症するケースが多数報告されたため5)、流行シーズン前に接種を完了しておく必要があります。
慢性腎疾患やリウマチ性疾患では、免疫を賦活するアジュバントを含むワクチンを接種する場合、原疾患の再燃が理論上は懸念されます。しかし、過去の検討では重篤な副反応は報告されておらず1)、リスクとベネフィットを総合的に鑑みて接種が推奨されています。
乳幼児早期に罹患しやすい百日咳などでは、特に低出生体重児の感染リスクや重症化リスクが高く、修正月齢ではなく暦月齢をもとにスケジュールを立て、なるべく早くワクチン接種を開始することが大切です。
卵アレルギーのある児へのワクチン接種に不安をもつ保護者の方がいますが、国内で使用されているインフルエンザワクチンやMRワクチンに含まれる卵白成分はごく微量であり、卵アレルギーの児であっても接種が可能です。ただし、鶏卵完全除去中や鶏卵摂取後にアナフィラキシーを経験したことのある児では、接種にあたっては専門の施設などに相談するとよいでしょう。

  • 1)宮入烈. 小児科臨床. 2017; 70(6): 995-1000.
  • 2)小児の臓器移植および免疫不全状態における予防接種ガイドライン2014, 日本小児感染症学会監修, 協和企画, 2014.
  • 3)厚生労働省 定期接種実施要領.
  • 4)日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会. 定期接種対象外の年齢小児(15歳未満)へのワクチン接種, 2016年9月改訂.
  • 5)厚生労働省 新型インフルエンザ対策推進本部. 新型インフルエンザの発生動向〜医療従事者向け疫学情報〜 Ver.3(2010年4月23日).

ワクチン行政Watching 地域医療における小児科かかりつけ医の展望 及川医院 院長 及川 馨先生

-地域医療の中で小児科かかりつけ医の役割について教えてください。地域のさまざまな診療科の先生と連携し、子どもの疾病治療や予防のみならず、成長・健康に関するご家族の身近な相談窓口として、中心的役割を果たすことが求められています。

 小児科かかりつけ医の役割は、小さな子どもが病気になって不安を抱えるご家族に、病気や感染症の流行情報などをわかりやすく説明するだけでなく、病気以外のことでもいつでも相談にのれる身近で頼りになる存在であることです。医療行政上の小児科かかりつけ医の要件には、24時間いつでも相談にのれる体制が求められていますが、現実的には難しく、地域の医師同士で協力し合うことが大切だと思っています。

-地域医療の充実に向けて、出雲市ではどのようなサポートを行っていますか。時間外診療の負担を少しでも軽減するために、「休日・夜間診療所」の設置や、保護者向けに子どもの症状別対処方法や受診のタイミングを示した冊子の配布等を行っています。

 小児科かかりつけ医の役割を果たす上で、時間外診療にどこまで対応できるかについて不安に思われている先生も多いのではないでしょうか。出雲市では「休日・夜間診療所」を設置し、小児科かかりつけ医が対応しづらい時間帯もサポートできる体制をつくっています。また、必要に応じて大学病院や地域中核病院に受け入れていただき、地域ぐるみで患者を受け入れる体制を整えています。
 以前は、出雲市でも救急受診や時間外受診をする人が非常に多かったため、保護者に適正受診を促し、医師の負担をできるだけ少なくすることが課題でした。そのため、保健師と一緒になって、子どもによくみられる症状や疾患別にその対処方法、受診するタイミングをまとめた「どうする? 子どもの急病 上手なお医者さんのかかり方」という冊子を作り、配布してきました。現在では出雲市で作成した冊子をベースに島根県版が作られ、県内で活用されています()。また夜間には#8000による電話相談も活用できます。

-小児科かかりつけ医の診療レベルの維持・向上のために、どのような取り組みをしていますか。医師会や自治体主導の研修会や地域中核病院の先生方との勉強会を継続し、知識の向上とともに地域医療の関係づくりを行っています。

 私たちの地域では、小児科、内科にかかわらず、「家庭医(ホームドクター)」としての役割が求められています。増えつつある医療依存度の高い重症児に小児科医ひとりでは解決できず、内科や各専門領域の先生方に協力を得て治療を進めることもあります。このため、地域中核病院と開業医の先生とで勉強会を毎月開催し、情報共有をしています。行政主体で行う研修では、小児科に限らず幅広い科の先生方に参加してもらって、小児医療の知識向上のための小児救急医療の研修会を実施しています。また、出雲市の学校医部会では、自治体、医師、保健師等の学校関係者の原稿をまとめた会報「けんこう」を毎年、年度末に発行し、地域の学校保健の向上にも努めています。

-予防接種事業の理解と推進のために、どのようなことに取り組んでいますか。予防接種の周辺情報を含めて適正な接種を推進するための研修会や勉強会を行っています。

 予防接種の正しい理解と適正使用・誤接種防止等の啓発は小児科かかりつけ医の担う役割の1つです。接種医は、各種予防接種の対象疾患やワクチンに関する情報を幅広く理解し、トラブルを未然に防ぐ体制づくりや、適正使用に関わる新しい知識やスキルの習得が求められます。このため、自治体と医師会とで連携した「予防接種研修会」を年に数回開催し、予防接種に関わる方々全体のレベルアップを図っています。

-地域包括ケアシステムの中で小児科医の目指す役割について教えてください。医療、福祉、教育関係者と顔の見える関係を構築するための、その担い手になることが望ましいでしょう。

 小児科医は改めて「かかりつけ医」と定義づけされなくても、元来、子どもの成長を家族の近くで見守る一番身近な医師として、診療を行ってきたと思っています。一方、増え続けることが予想される高度医療依存児に対する「小児在宅医療」等にも小児科かかりつけ医の役割は重要だと考えます。そのためには、地域の高度医療機関や専門医の在籍する施設との連携はもとより、医師会や自治体の協力体制の整備や、教育関係者など多職種にわたる連携について、中心的な役割を担うことが必要だと思います。

特別記事 ワクチン接種を躊躇する家族たちに必要な情報 富山大学 小児科 助教種市尋宙先生

ワクチン接種を躊躇する家族の誤解と不安

 ワクチン接種を躊躇する家族の多くは、不安を抱えているのに医師に相談できずにいることが考えられます。ある時、外来受診患児の保護者から「ワクチンに関して怖い情報が多く、接種を始められずにいる。不安をもっている人は他にもいる。」などの相談を受け、そのような家族に向けた講演会を催したところ、遠方からもたくさんの方が集まり、不安を抱え情報を必要とする家族が予想よりもはるかに多くいることに驚きました。
 参加した家族は、ワクチンに関する情報の不足から、インターネットやSNSで偏った情報を集め、誤解や不安を増長させており、講演会で行ったアンケートでは約6割がワクチンの副反応に対して強い恐怖を感じ、ほぼ全員がなんらかの不安を有していました。一方で小児科医から直接情報提供を望む声は強く、医療者から適正な情報を提供できれば、誤解や不安を解消し、ワクチン接種に同意してくれる可能性が十分にあると考えられました。

家族との信頼関係構築の重要性

 ワクチン接種を躊躇する理由として、「ワクチンの効果、安全性に対する不安」のほかに、「自然罹患する方がいい」「流行がない感染症は接種する必要がない」等の誤った認識が影響していることも多いでしょう。このような家族には、医療者が直接、ワクチンの科学的妥当性、ムンプス自然罹患時の髄膜炎・難聴といった合併症リスクの高さ、ワクチン接種をやめてしまうと集団免疫が働かず感染リスクが高まることを、きちんと伝えることが重要だと考えます。
 しかし、多忙な日常診療において医師がワクチンの接種意義をきちんと話す機会は少なく、保護者からの質問等がないと時間を割くのは難しい状況です。また、熱心な先生や医療スタッフほど、接種しない家族に強くあたって否定的なことを伝えてしまい、家族との信頼関係を築くことができずにいる場合もあると思います。当然ですが、医師も家族も「子どもの健康を願う」という気持ちは共通しているので、医療者が一歩ひいて、ワクチン接種を躊躇する家族の不安な気持ちを聞き、少しずつ信頼関係を構築していってほしいと願います()。
 最近では国際化により外国人の受診も多く、例えばイスラム教を信仰する方へのブタ由来成分含有ワクチン接種についてどう対応すべきか等の質問を受ける場合があります。ワクチンに含まれるブタ由来成分の考え方は議論を呼んでいますが、インドネシアではメッカ巡礼に際し、ワクチン未接種による感染リスクの高さを問題視し、社会的必要性・非常事態を意味する「ダルーラ」という考え方を評議会で採決し、国家的に接種を認めた事例もあります。信仰心が強い方では許容が難しい場合もあるとは思いますが、日本在住時に子どもが接種年齢であるなら、ワクチンのメリット、デメリットをきちんと説明し、保護者の意見を聞き、自らワクチン接種を選択してもらうようにすることが重要だと考えます。

ワクチン接種を躊躇する家族への情報提供の取り組み

 小児科医から直接、家族にワクチン接種の意義を説明することは重要ですが、一人の医師の力だけでは限界があります。ワクチン接種を躊躇する家族を見落とさず、情報提供や相談できる場を作るため、私たちの地域では、生後3、4か月の乳幼児健診を利用し、未接種児のスクリーニングと、ワクチンへの不安を家族に尋ねるアンケートを行い、不安をもつ家族にはワクチンに関する講演会や相談会に参加してもらえるよう、働きかけています。医師から直接ワクチンの話を聞ける機会を作ることで、家族の不安や誤解を解消し、ワクチン未接種児を少しでも減らすことにつなげていきたいと思っています。