Vaccine Digest 第11号(2016年9月発行)

Vaccine Digestとは

「Vaccine Digest」はワクチンの専門会社であるジャパンワクチンが、話題のトピックや学術・行政の情報、日常の診療に役立つコツなどをお届けしている定期情報誌です。先生方のお役に立つ情報が満載ですので、ぜひご覧ください。
※諸般の都合により、一部掲載していない記事があります。

目次

  • 日常診療Q&A

    B型肝炎(HB)ワクチン定期接種化についてのQ&A

    筑波大学 医学医療系 小児科 教授 須磨崎亮先生

  • Vaccine Topic

    ロタウイルスの分子疫学の意義と
    ワクチン導入後の動向

    札幌医科大学 医学部 衛生学講座 教授 小林宣道先生

  • スペシャリスト Pick Up

    VPD から乳幼児を守るための
    ワクチン接種スケジュールの考え方

    JA 静岡厚生連 静岡厚生病院 小児科 診療部長 田中敏博先生

  • 特別記事

    感染症危機管理のあり方
    ~バイオテロ・災害時の対応を平時から考える~

    防衛医科大学校 防衛医学研究センター
    広域感染症疫学・制御研究部門 教授 加來浩器先生

日常診療Q&A B型肝炎(HB)ワクチン定期接種化についてのQ&A 筑波大学 医学医療系小児科 教授須磨崎亮先生

Q1 HBワクチンが定期接種に至った背景を教えてください。

A1:B型肝炎ウイルス(HBV)の感染ルートは、母子感染による垂直感染と、家族内感染、施設内感染、性交渉、不衛生なピアス処置や刺青、薬物等注射の回し打ちなどによる水平感染に分けられます。1986年に国のB型肝炎母子感染防止事業により乳児に対するHBワクチン接種が開始され、キャリアの妊婦から出生児への感染の95%以上が予防できるようになり、垂直感染による感染者数は大幅に減少しました1)。しかし、小児期の家族内感染や保育園などの集団感染に加えて、明らかなリスクを自覚していない若年初回献血者でもHBV感染者が年齢とともに増加していたことから、母子感染予防のみでは防ぐことができない水平感染の多さが問題視されるようになりました1)。また急性肝炎患者で、欧米由来の遺伝子型AのHBV感染者が増加しているなど2)、国際化の進展に伴い、さらに感染リスクの広がることが懸念されます。これらの経緯から水平感染への対策の必要性が明らかとなり、HBワクチンの定期接種化が実現しました。

Q2 HBワクチン定期接種の概要を教えてください。

A2:2016年2月の予防接種基本方針部会および予防接種・ワクチン分科会で、HBワクチンの定期接種化を開始する方針が示され3, 4)、同年6月、政令、省令および定期接種実施要領が改正され、10月1日より施行されます。HBワクチン定期接種の概要は下記の通りです(表1)。気を付けていただきたいのは、母子感染予防と定期接種は接種スケジュールが異なる点です。母子感染予防対象児には、出産直後に抗HBs人免疫グロブリンとともにHBワクチンを接種し、その後、生後1か月、生後6か月でワクチンを接種します。両スケジュールを混同し、母子感染予防が適切な時期に行われないと高率に感染が成立してしまうので、気を付けていただければと思います。

Q3 2種類のHBワクチンに互換性はあるのでしょうか。

A3:HBワクチンにはビームゲン®注0.25mL/0.5mLとヘプタバックス®-Ⅱの2種類がありますが、両者には互換性があると考えられています4, 5)。例えば、里帰り出産した産院でHBワクチン1回目の接種を受け、2・3回目は1回目とは異なる種類のHBワクチンを他の小児科医院で受けるなどしても問題はありません。ワクチンの保管や供給などの事情でどちらか一方のワクチンしか確保できなかったときの参考にしていただければと思います。

Q4 定期接種導入前に、接種スケジュールについて小児科医から保護者へどのように説明すればよいか教えてください。

A4:HBワクチンの定期接種は2016年10月1日開始予定です。8月以降の出生児は標準接種時期に沿って、生後2か月、3か月、7〜8か月に接種すればよいでしょう。ただし、2016年4〜7月生まれの乳児ではスケジュールに注意が必要です。定期接種の対象は1歳までなので、特に4月生まれの場合は、10月以降早めに接種を開始しないと3回目が1歳を過ぎてしまい、3回目接種の費用が自己負担となる可能性も考えられます。そのため、2016年4〜7月生まれの子どもがいる保護者には、ほかのワクチン接種などで受診した際に、今年の10月からHBワクチンの定期接種が始まる予定であること、スケジュールによって3回目が1歳を過ぎてしまうと接種費用が自己負担となることなどを事前に説明して、定期接種化される10月まで待つか、任意接種で1回目を早めに開始するかなどの相談が必要になります。日本周産期・新生児医学会からも、定期接種化に関する母親への周知を推奨するステートメントを出しています(http://www.jspnm.com/)。
保護者の仕事等の都合で任意接種でも早めに接種したい場合、経済的な事情で定期接種を待ちたい場合など、ご家庭ごとに事情は異なります。自治体によって公費助成があるところもあるため、地域やご家庭の事情に応じた対応が望まれます。
また、定期接種が開始される10月には、4〜7月生まれの未接種児への対応に加え、インフルエンザワクチンの接種開始時期とも重なることから、予防接種外来の混雑が予想されます。そのため、早めに準備するなど、施設・地域に応じた対応を検討しておくとよいでしょう。

Q5 保護者にHBワクチンの接種意義をどのように伝えたらよいでしょうか。

A5:定期接種であっても、保護者に「子どものために接種しよう」と理解してもらうことが大切です。特にHBワクチンは、他のワクチンと異なり、保護者が効果をすぐに実感しにくいため、接種医師は保護者に接種の意義をしっかりと伝えることが大切です。B型肝炎は、将来的に肝硬変や肝がんに移行することもある病気です。また発症しなくとも、キャリアになれば経過観察のために通院したり、ほかの人への感染を心配したり、時間的・精神的に大きな負担が生じます。一方で、乳児期にワクチンを接種すれば、予防効果が長く続くことが明らかになっています。最近の報告では、乳児期のHBワクチン接種によって、30年後にも約90%の人に「免疫記憶」が残存するので6, 7, 8)、肝炎発症の予防効果はほぼ永続すると考えられています1)。私は「HBワクチンは子どもへの一生の贈り物」と保護者の皆さんにお伝えしています。副反応については、世界中でHBワクチンは多くの新生児に接種されてきましたが大きな問題は起こっておらず9)、わが国の調査でも副反応の発現率は低く、極めて安全なワクチンといえます。

Q5 定期接種対象児以外でHBワクチンを接種したほうがよいのはどのような人でしょうか。

A6:定期接種対象児以外で、まず接種を強く推奨したいのがHBV感染のハイリスクと考えられる人です。具体的には、同居家族にHBVキャリアのいる人、感染するとキャリア化しやすい5歳以下の児、セクシャルアクティビティや国際的な交流などが活発になりやすい思春期以降の若年世代、医療関係者や教員、警察官、保育士、消防士など多くの人と接触する可能性の高い職業の人が挙げられます。HBVが非常に感染力の強いウイルスであること、HBワクチンが副反応も少なく安全性の高いワクチンであることを考えると、上記以外の場合でも乳幼児をもつ保護者を含め、全国民がHBワクチンを接種することが望ましいと考えています。
わが国には欧米諸国で普及している6種混合ワクチン(4種混合ワクチン、ヒブワクチン、HBワクチンの混合ワクチン)がまだ導入されておらず、定期接種導入によって乳児の負担が増えます。このため将来的にはこのワクチンが日本でも開発されて、HBワクチン接種の方法はさらに改善されると思います。保護者、接種する児に加え、臨床医やスタッフの方々のご負担も大きいとは思いますが、感染症から子どもの健康を守るために、今後もワクチン接種に積極的に取り組んでいただけることを願っています。

  • 参考文献
  • 1)須磨崎亮ほか. 厚生労働科学研究費補助金 肝炎等克服政策研究事業「小児におけるB型肝炎の水平感染の実態把握とワクチン戦略の再構築に関する研究」結果概要(第6回予防接種・ワクチン分科会 平成27年1月15日)「血液センターにおける若年初回献血者」.
  • 2)国立感染症研究所. 「B型肝炎ワクチンに関するファクトシート」平成22年7月7日版.
  • 3)第14回厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会資料・議事録. 平成28年2月5日.
  • 4)第8回厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会資料・議事録. 平成28年2月22日.
  • 5)日本ワクチン産業協会. 「予防接種に関するQ&A集 2015(平成27年)」http://www.wakutin.or.jp/medical/
  • 6)Bruce MG, et al. J Infect Dis. 2016; 214(1): 16-22.
  • 7)Möst J, et al. Vaccine. 1992; 10(11): 740-741.
  • 8)WHO. Vaccine Safety Basics. http://vaccine-safety-training.org/about-hepatitisb-vaccines.html
  • 9)WHO. Wkly Epidemiol Rec. 2009; 84(40): 405-420. http://www.who.int/wer/2009/wer8440/en/

Vaccine Topic ロタウイルスの分子疫学の意義とワクチン導入後の動向 札幌医科大学 医学部 衛生学講座 教授小林宣道先

1 ロタウイルスの分子疫学研究の意義とは?

 ロタウイルスは、乳幼児の重症胃腸炎の原因のひとつとなるウイルスです。ヒトのほか多くの哺乳動物、鳥類に分布し、種間伝播や遺伝子分節の再集合(リアソートメント)が頻繁に起きていることが知られています。近年の遺伝子解析の進展で構造タンパクの変異やリアソートメントの状況が把握できるようになり、種間伝播のプロセスやリアソートメントが起きた地域や頻度などが明らかになりつつあります。
 分子疫学研究からはロタウイルスの流行株の分布状況やその変化といった知見も得られ、ロタウイルスワクチン導入後の野外ロタウイルス株に及ぼす影響を知るための重要な情報になっています。

2 ワクチン導入後ロタウイルス遺伝子型は変化したのか?

 ロタウイルスは、大きく分けて外殻、内殻、コアタンパクの3層で構成されています(図1)。内殻VP6の抗原的・遺伝学的な違いからA〜Hの8種の群に分類され、乳幼児でみられる胃腸炎の原因はA群が大部分を占めます。また、最外層の外殻はVP7とVP4と呼ばれる2つの構造タンパクで構成されます。VP7の遺伝子型による分類がG型、VP4の遺伝子型による分類がP型で、ロタウイルスの型はG1P[8]のように表記します。
 ロタウイルスの主流行型は、2〜10年の間隔で変化することが知られ(継時的変動)、また地域によっても異なります。世界的に最も高頻度にみられる遺伝子型はG1P[8]です(図2)1)
 ロタウイルスワクチン導入後のロタウイルス流行株の動向を図3に示します。これをみると、ワクチン接種状況が変わらないにもかかわらず、ある遺伝子型の増加とそれに続く減少がみられるなど、ワクチンとの因果関係を示す一定の法則がみつからない状況です。また、近年、外殻構造タンパク遺伝子のみがWa様遺伝子群で、他のすべての遺伝子分節がDS-1様遺伝子群に由来するロタウイルスが発見されるなどの変化も報告されています2, 3)。こうした変化がワクチン導入による野外株への影響なのかを判断するために、今後の長期的な観察が求められています。

  • Wa様遺伝子群とDS-1様遺伝子群(ヒトロタウイルスの11遺伝子分節の組み合わせによる代表的なグループの名称)
    Wa様遺伝子群:主にG1、G3、G4、G9/P[8] DS-1様遺伝子群:主にG2P[4]

3 分子疫学の展望およびロタウイルスワクチンへの期待は?

 ロタウイルスでは今もリアソートメント等による遺伝子型の変化が続いています。こうした遺伝子型の変化の解析により将来の流行株を予測できれば、事前の警戒が可能になるかもしれません。また、ロタウイルスワクチンに含まれる遺伝子型とは異なる型のロタウイルスに対する感染防御についての研究が進み、重症化予防のメカニズムが十分に明らかになれば、現在の生ワクチンの改良や腸重積発症のリスクがない不活化ワクチンの開発につながる可能性もあります。
 WHOより、現行のロタウイルスワクチンがもたらすベネフィットはリスクを上回るとの声名が出されています13)。その有効性は世界が認めるところですが、前述の理由から分子疫学的研究を継続し、ワクチンが自然界にもたらす影響を今後も監視し続ける必要があると考えられます。

  • 参考文献
  • 1)小林宣道. 最新医学. 2015; 70(11): 2247-2255.
  • 2)Yamamoto SP, et al. Emerg Infect Dis. 2014; 20(6): 1030-1033.
  • 3)Fujii Y, et al. Infect Genet Evol. 2014; 28: 426-433.
  • 4)Pitzer VE, et al. Scientific Reports. 2015; 5: 18585.
  • 5)Bucardo F, et al. Infect Genet Evol. 2015; 34: 106-113.
  • 6)牛島廣治. 最新医学. 2015; 70(11): 2238-2246.
  • 7)Kirkwood CD, et al. Commun Dis Intell Q Rep. 2007; 31(4): 375-379.
  • 8)Kirkwood CD, et al. Commun Dis Intell Q Rep. 2011; 35(4): 281-287.
  • 9)Kirkwood CD, et al. Commun Dis Intell Q Rep. 2014; 38(1): E29-E35.
  • 10)Kirkwood CD, et al. Commun Dis Intell Q Rep. 2014; 38(4): E334-E342.
  • 11)Kirkwood CD, et al. Commun Dis Intell Q Rep. 2015; 39(3): E337-E346.
  • 12)Bucardo F, et al. Clin Microbiol Infect. 2015; 21(6): 603. e1-603. e7.
  • 13)WHO. Statement from the Global Advisory Committee on Vaccine Safety. 11 May 2015. http://www.who.int/medicines/news/rotavirus_safety_concern/en/

スペシャリストPick Up VPDから乳幼児を守るためのワクチン接種スケジュールの考え方 JA静岡厚生連 静岡厚生病院 小児科診療部長田中敏博先生

乳幼児ワクチンの接種スケジュールの基本的な考え方

 予防接種は、感染症を予防し、罹患者を減らし、罹患した場合でも軽症ですむように備えることを目的としています。それを達成するために、予防接種スケジュールは下記の因子を考慮して組み立てています。

  • 1)母親からの移行抗体がなくなる月齢までに抗体を獲得させるために、NPO法人「VPDを知って、子どもを守ろうの会(VPDの会)」が推奨する生後2か月からのワクチンデビューの実施が最適であると考えています。また、5歳未満に発症する細菌性髄膜炎(Hib・肺炎球菌)、および1歳前後から罹患する麻疹・水痘・おたふくかぜ等から守るために、好発年齢前に予防接種を完了しておく必要があります。
  • 2)夏季に流行する日本脳炎、冬季に流行するインフルエンザ、ロタウイルス胃腸炎、水痘など、1年の中で流行する時期が明確なものは、流行期前に予防接種を完了しておく必要があります。日本脳炎は、近年の流行状況を受けて、日本小児科学会が日本脳炎罹患リスクの高い者に対して第1期の接種を生後6か月から開始することを推奨しています**
  • 3)速やかに予防接種を進めて、いつ罹患するかもしれない感染症に対して最短で備えをするという視点から同時接種を推奨しています。同時接種は受診回数が減るため、保護者の負担軽減にもつながります。適切な順序で早期に接種完了することを重視したスケジュールを立てています。

当院の0〜1歳児のワクチン接種スケジュールの実際

 ワクチン接種スケジュールは、日本小児科学会やVPDの会の案を基本とし、乳児健診にタイミングを合わせたもの(表1)を提案しています。当院では保護者の負担を減らすことを優先しており、こうした考え方をよく理解していただけているためか、接種スケジュールのズレなどはほとんどなく、予防接種外来は非常にスムーズです。
 具体的には、1か月健診でワクチン接種の予約を入れることを皮切りに、接種時には次回の予約を取ることを習慣化し、自治体から委託されている4か月健診と10か月健診の際にも予防接種を行っています。10か月健診では、生後12か月、13か月で接種するワクチンの重要性も伝え、1歳以降への橋渡しをしています。
 1歳になると、生ワクチンであるMRワクチンや水痘ワクチンの接種が始まりますが、当院では誕生日を迎えたら速やかに接種するよう勧めています。ヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンの追加接種も大切ですが、すでに基礎免疫がある感染症への対策よりも、まだ抗体がない可能性が高いMR・水痘・おたふくかぜの各ワクチンの接種を優先させて感染症に備えることが重要だと考えています。その後、27日以上の接種間隔を空けて可及的速やかにヒブ・小児用肺炎球菌・4種混合ワクチンの追加接種を実施します。
 接種スケジュールのパターン化は、保護者にとっても理解しやすく、予定も立てやすいなど、多くのメリットがあると考えています。このように当院では、シンプルでわかりやすいスケジュールでより多くの子どもたちのワクチン接種をスムーズに行い、基幹病院としての役割を果たしていきたいと考えています。

スムーズなワクチン接種・誤接種防止の取り組み

 当院では、保護者が次回の来院を忘れないよう、ワクチン接種終了後に、予約日時などを記載した確認票(図1)をお渡ししています。電子カルテ未導入の当院では紙カルテを使用していますが、各患者の接種予約は台帳で一括管理しています。外来スタッフが接種予約日の前々日までに台帳からカルテを準備し、確認票も添えて、接種するワクチンのチェックをします。その後、私も月齢、ワクチンの回数、接種間隔などを確認して、ダブルチェック、トリプルチェックの体制を整えています。このように誤接種防止のため、準備段階から努力をしています。
 同時接種時の接種部位について、日本小児科学会では、上腕外側ならびに大腿前外側を候補として挙げています1)。当院では上腕に限定し、例えば生後2か月なら、小児用肺炎球菌ワクチンは右腕、ヒブワクチンは左腕と、ワクチンによって接種部位を固定しています(表2)
 月齢に合わせて予防接種の曜日も固定しています。生後2〜3か月は月曜、生後4か月は乳児健診と合わせて水曜に、生後5か月以降は木曜のように決めています。
 このように接種部位や接種の曜日をパターン化すると、作業がより単純化されると同時に、それに当てはまらない場合に皆がおかしいと感じて注意を払うことになり、結果的に誤接種防止の対策にもつながっています。

VPDから乳幼児を守るためのその他の取り組み

 このほかにも、当院でのワクチン接種への取り組みの中で重要なポイントとして、接種の痛みへの配慮があります。
同時接種に際してはなるべく痛みが少ないと思われるワクチンから順に接種し、頑張れたことを褒めながら進めていきます。また、木曜限定ですが職員がボランティアでバルーンアーティストに変身して、子どもたちを励まし、接種の恐怖や苦痛を少しでも和らげるために一役買ってくれています。
 産婦人科で行われる母親学級では、小児科医も講師を務め、わずか10分程度ですがワクチンの重要性の啓発を行っています。保育園の園医もしており、年2回の健診時に母子健康手帳の予防接種欄のコピーを提出してもらって、接種の有無や回数をチェックしてコメントを入れています。中には家庭の事情でワクチン接種が滞っているケースもあるので、当院を受診して相談するように伝えてもらうなど、個別の対応も行っています。
 さらに、0歳児のワクチン接種には積極的でも、上の子の追加接種を忘れがちな保護者もいますから、0歳児の接種と同時に曜日に関係なく兄姉への接種も行っています。ワクチン接種への注意喚起を促すため、通常の診療の際にも母子健康手帳の予防接種欄のチェックが重要と考えています。
 当院のような働きかけは、病医院や自治体の実態によって同じように実施できるとは限りません。しかし、少しでも乳幼児のワクチン接種漏れを減らし、多くのお子さんを感染症から守るために、地域の状況に応じた方法でワクチン接種を推進していくことが望ましいと考えています。その一助として、当院の取り組みが他の病医院の参考になれば幸いです。

  • * VPD: Vaccine Preventable Diseases(ワクチンにより予防できる疾患)
  • **https://www.jpeds.or.jp/modules/news/index.php?content_id=197
  • 参考文献
  • 1)日本小児科学会. 「日本小児科学会の予防接種の同時接種に対する考え方」平成23年4月27日版.
      https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/saisin_1101182.pdf

特別記事 感染症危機管理のあり方 〜バイオテロ・災害時の対応を平時から考える〜 防衛医科大学校 防衛医学研究センター 広域感染症疫学・制御研究部門 教授加來浩器先生

自然災害やバイオテロなど発災時には感染症のアウトブレイクの問題がつきまといます。本年、熊本地震を経験し、2020年に東京オリンピックを控えた私たちにいま何ができるのか? 過去の事例をまじえて、感染症危機管理のあり方について防衛医科大学校防衛医学研究センター広域感染症疫学・制御研究部門 教授を務める加來浩器先生にお話を伺いました。

感染症と自然災害の密接な関係

 感染症のアウトブレイクを引き起こすとされる要因はいくつかあり、そのひとつが大規模な自然災害です。2011年の東日本大震災では、ノロウイルス感染症、インフルエンザ感染症、手足口病などが問題になったのは記憶に新しいところです。また、2004年のスマトラ島沖地震後には、破傷風、急性水様性下痢、マラリア、デング熱などが発生しました。
 発災前には感染をコントロールできていた地域であっても、被災後には公衆衛生基盤の破壊に伴って病原体が増加します。また、居住環境が悪化し、上下水道や媒介動物の管理にも問題が生じるため、感染経路に質的・量的な変化が起こります。さらに、感受性者であるヒトの側にも、体力の消耗や精神的ストレス、自然免疫力の低下が原因で災害弱者が発生します。これら「病原体」「感染経路」「感受性者」という感染症の3要素への影響に加えて、災害の種類や程度、地域性や季節性、さらには住民の健康状態や予防接種率などによっても感染リスクは左右されます。感染リスクは発災直後から時間の経過とともに変化するため、継続的なリスクアセスメントが求められます。

人為的に災害を引き起こすバイオテロとその対策

 自然発生的か人為的かという違いはありますが、バイオテロも災害の一種と捉えることができます。多様な感染源と感染経路の変化によって想定外の健康被害がもたらされるという点では、自然災害に伴う感染症と共通します。代表的な例としては、2001年に米国で起きた炭疽菌事件などが挙げられます。
 テロ攻撃には、「公然攻撃」(overt attack)と「秘匿的攻撃」(covert attack)があります。前者は、砲弾やロケット弾、遠隔操作の飛行体による生物剤の散布などその使用が明らかな場合です。テロの発生後の初期対応として、直ちに防護服を装着した警察・消防(場合により自衛隊)が、生物剤の検知および同定、無毒化を行い、被害最小化のために汚染地域の同定と地域除染にあたります。
 後者は、工作員によるエアゾルの空中散布や空調機への仕掛け、水道や飲食物の汚染、感染したヒト・動物・昆虫の放出など人知れずに行われる場合です。医療現場として行うバイオテロ対策としては、「症候群別で経験的な感染経路別対策」を講じることが重要です。表1はWHOが推奨するバイオテロ関連疾患です。例えばエアゾルの散布時には急性呼吸器症候群、食材への汚染時には急性胃腸症候群が異状に集積する可能性が考えられます。バイオテロ被害者の病原体診断は通常よりも時間がかかることを考慮すると、特別な検査を行えない医療現場では必要な対策だといえます。2020年に東京オリンピックを控えるわが国としても、不特定多数の人が集う場での「マスギャザリング災害」への対応を検討しておくべきであり、医療関係者の方は他人事と捉えず、頭の片隅に置いていただきたいと思います。

スマトラ島沖地震で得た知見を東日本大震災時の対策に活用

 地震頻発国であるわが国では、地震を中心とする自然災害の対策を考えることも重要です。そこで、スマトラ島沖地震と東日本大震災における私自身の経験をもとに、感染症対策の観点から、自然災害発生時の対応についての考えをご紹介いたします。
 まず、疾病の予防と制御には、サーベイランスが不可欠であると考えます。スマトラ島沖地震の際には、感染症アウトブレイクの早期発見と活動評価を目的として、アチェ州14地区を対象にサーベイランスが実施されました。対象疾患はマラリアや水様性下痢など8項目とし、世界中から参集した医療チームが1週間分のデータを報告し、翌週に公表されるという形式でした。
 しかし、このときはいくつかの問題点が浮き彫りとなりました。まず、週報では感染症発生の実態把握には遅すぎるということです。避難所での感染症リスクは日々変化しており、なかには潜伏期間の短い病原体もあります。1週間蓄積したデータを1週間後に公表しても、感染症の予防・制御に還元できているとはいえません。また、報告されるデータについても問題がありました。例えば、災害時には大規模な人の移動が発生するため、統計上は患者数が減ったようにみえても、実際は避難所を移しただけという可能性もあります。医療チーム側の活動形式もまちまちで、報告の頻度もチームごとに差がありました。こうして得られた生データは正確な患者数を反映しているとはいい難く、アウトブレイクの兆候を見出すのは困難です。災害時のサーベイランスは、「単純明快で、感度よく、適時に情報発信できること」が重要であることを実感しました。
 そこで、東日本大震災のときには、スマトラ島での教訓を活かしたサーベイランスを岩手県で実施しました。まず、東北の地域性などを考慮した8つの「症候群」を想定しました。カウント方法については、避難所の一般スタッフの方にタブレット端末を渡して毎朝の報告を依頼しました。さらに、通信事業者や地理情報サービス企業の協力の下、各避難所から送られてくるデータを遠隔地である埼玉県の防衛医学研究センターで集積し、解析結果をウェブサイトに公開しました。朝入力されたデータを整理し、入力間違いの疑いのある点についてはその日のうちに被災地に問い合わせを行い、1日3回更新することによって、確度の高い情報を提供していました。こうした即時の情報発信は、近隣施設まで含めた状況把握が可能となり、サーベイランス参画者の意欲向上にもつながります。そして、データ集積の段階で異常を検知した場合には、県内のボランティアからなる感染制御チーム「いわて感染制御支援チーム(ICAT: Infection Control Assistance Team of IWATE)」がすぐに介入できる体制を整えました(図1)。その結果、各地の医療機関がダメージを受け、アウトブレイクに対応が困難な状況下で、避難所での重要な感染症をいち早く感知し、アウトブレイクを未然に防ぐことができました。こうしたIT技術を活用した産学官一体のサーベイランスは、世界初の試みであったと思われます。

災害に備えて、いま私たちに何ができるのか?

 まず、平時からの備えとして、各病院や医師会で、地域ごとに流行する可能性のある疾患を感染経路ごとに列挙し、被災を想定した訓練への参加や事業継続計画を準備しておくことが望まれます。そして、ひとたび災害が発生したら、リスクアセスメントやサーベイランスを通して、感染症の早期発見と対応に積極的に協力していただきたいと思います。震災以降、上述のICATと同様の専門チームを結成した自治体もあるようです。特に、想定外の事態に対する「気付き」に関しては、感染制御チーム(ICT)の方が普段から行っている院内ラウンドなど、医療現場のノウハウが大いに役立つのではないでしょうか。地域内外との連携を通して、その底力を発揮していただきたいと思います。