Vaccine Digest 第10号(2016年3月発行)

Vaccine Digestとは

「Vaccine Digest」はワクチンの専門会社であるジャパンワクチンが、話題のトピックや学術・行政の情報、日常の診療に役立つコツなどをお届けしている定期情報誌です。先生方のお役に立つ情報が満載ですので、ぜひご覧ください。
※諸般の都合により、一部掲載していない記事があります。

目次

ワクチン行政Watching 予防接種リスクマネジメント 〜トラブルが起こったときの適切な対応とは?〜

トラブル発生時の対応法 〜初期対応と行政への報告タイミング〜 峯小児科 院長  峯眞人先生

-なぜワクチン接種に伴うリスクは許容されにくいのか、教えてください。健康なときは、ワクチンを接種しなかったデメリットに考えが及ばないため、程度がわずかでも副反応があると大きな問題と捉えられる傾向があります。

 人は病気治療のための医療ならば、ある程度の副作用を許容できるものですが、ワクチン接種は健康な人に提供する予防医療です。健康なときには、接種を受けなかった場合の将来的なデメリットにまで考えが及ばないため、たとえわずかであっても副反応が起こるとマイナス面にばかり目が行きがちです。そのため、小さなトラブルにもかかわらず訴訟に発展するケースがあります。
 まずはトラブルを起こさない対策が重要ですが、どんなワクチン接種にもリスクは必ず存在します。問題が起こる前から、院内の予防接種マニュアルを作成するなど、システム整備を行っておくことが大切です。

-ワクチン接種に伴うリスクの種類について教えてください。ワクチン接種時の事故の約半数が「接種間隔の間違い」です。副反応については、全身反応の「発熱」、局所反応の「腫れ」と「痛み」が代表的です。

 ワクチン接種時の事故の48%が、「接種間隔の間違い」とされています(表11)。医学的には健康被害に及ぶものではありませんが、自治体の定期接種の対象から外されることもあり、避けることが望ましいでしょう。
 副反応については、全身的なものと局所的なものとに大別されます(図1)。全身反応で最も多くみられるのは「発熱」です。発熱の発症時期は、生ワクチンならば接種後1週間〜10日ほど、不活性化ワクチンならば半日〜1日、遅くとも48時間以内です。

 また、発熱の程度はワクチンの種類によって異なります。医療関係者の立場からいえば、ワクチン接種に伴う発熱は想定内ですが、海外に比べると日本で発熱は許容されにくい傾向にあります。保護者には、発熱が起きる機序や時期をきちんと伝えておくと、ワクチン接種後に発熱しても、クレームに繋がる可能性は大幅に減少します。また、ワクチンと無関係な病気による発熱かどうかの判断材料となり、適切な時期の来院を促すこともできます。
 局所反応で代表的なものは「腫れ」と「痛み」です。不活化ワクチンでは、接種時に接種部位が腫れる可能性が高いことを事前に説明しておけば、少しの腫れで問題になることはほとんどありません。「痛み」に関しては明確な指標がなく、心理的な負担が痛みの程度に関係することがあります。たとえば、周囲の人間が過剰に反応してしまうと、当初は軽微な痛みでも、パニックに陥る子どももいます。「痛み」は被接種者の年齢・性別・性格や家族状況などを考慮して対応する必要があります。

-接種に伴う医療事故発生時の対応のポイントを教えてください。明らかな落ち度があった場合は、被接種者側に直ちに謝罪し、速やかに原因究明・報告をします。大切なのは結果報告時期を提示し、了承を得ることです(図2)。

 リスクマネジメントで重要な観点は、医療関係者側に明らかな落ち度があったかどうかです。取り違えなどの誤接種や、接種前の説明が不十分であった場合、被接種者の健康状態の確認を怠った場合などが該当します。こうした場合には最初にしっかりと謝罪することが重要です。
 その上で、間違いが起きた原因を究明し、院内で改善策を検討・実行していかなくてはなりません。また、被接種者側へは資料を作成して速やかに状況を報告する必要があります。副反応の発症やワクチン効果の減弱を心配される方も多いので、その点に関しても正確な情報を伝えます。
 事故の原因究明には時間を要するケースが少なくありません。善意から「明日にでも報告します」といって無断で遅れた場合、相手にさらなる不信感を与えてしまいます。報告時期の目安は余裕をもって伝え、「医学や行政、法律の専門家の意見を聞く必要がある」など、時間がかかる理由も添えるとよいでしょう。事前に伝えていた期日にまとまった報告ができない場合には、必ずその旨を伝え、期日を再設定することも忘れないようにしましょう。
 医療事故の発生直後にこういった冷静な判断をするのは難しいものです。医師にも被接種者側にもクールダウンは必要です。もし、医療事故が医療現場で発覚した場合は、感情的になりやすく冷静な判断ができない恐れがあるので、看護師長など第三者に状況を説明してもらったり、被接種者にしばらく別室で待機してもらったりすることも効果的であると思います。

-トラブル発生時の報告・相談先を教えてください。定期接種や公費助成が行われているワクチンについては行政担当者へ速やかに報告を。訴訟などトラブルに発展しそうな場合には、専門機関へ速やかに相談しましょう。

 間違いを犯してしまったとき、「なんとか隠せないだろうか」と考える心情は理解できますが、間違いは必ずといっていいほど発覚するものです。たとえば、母子手帳に貼られたロット番号のシールから使用したワクチンの期限切れが発覚するケースや、定期接種の記録を受け取った保険センターや保健所から接種間隔の誤りや期限切れを指摘されるなど、発覚にはさまざまなケースが想定されます。
 万が一、行政から指摘を受けていた事実を被接種者側へ隠蔽していたことが発覚した場合、健康被害がなくても大きなトラブルに発展することが予想されます。定期接種や公費助成が行われているワクチン接種で間違いが判明した場合は、まずは行政のワクチン接種担当者へ報告してください。逆に任意接種のワクチンは、行政担当者の業務範囲外ですので報告義務はありません。また、地域の医師会にワクチン接種の専門家がいれば、そちらにも連絡するようにしましょう。
 さらに、訴訟や金銭の要求といった明らかなトラブルに発展した場合には、日本小児科医会予防接種リスクマネジメントワーキンググループのような専門機関への相談が必要となります。必要書類や弁護士への依頼方法、被害者が求める補償内容の妥当性などは、医療事故の専門家でなければ判断がつきません。実地医家の先生方にはワクチン接種に伴うリスクマネジメントの方法を知っていただき、日常診療に集中できる体制をとっていただきたいと考えています。

参考文献 1)「第7回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会」(平成27年10月29日)資料

「医療事故調査制度」と予防接種の関連について 仁邦法律事務所 弁護士/所長  桑原博道先生

-「医療事故調査制度」が制定された背景を教えてください。

 「医療事故調査制度」は、医師法第21条の問題点を克服するために、2014年6月の改正医療法に盛り込まれた制度です。医師法第21条では、医師が死体を検案して異状だと判断した場合、24時間以内に所轄の警察署へ届け出ることが義務づけられています。しかし、この法律は次の2点が問題視されてきました。
 第1に「医療事故再発防止に役立てることができない」という点です。医療関連死の原因をよく分析すれば、将来似たような事例が起きないよう、再発防止策を立案できる可能性があります。しかし、医師法第21条では警察署という医療については非専門的機関に届け出ることになるため、医療関連死について原因を分析して、同種の医療関連死に対する再発防止策が立案されることは期待できませんでした。
 第2に「警察へ報告すべきか判断に迷うケースがあり、医療関係者の負担になっていた」という点です。医療関連死は果たして異状なのかどうか医療関係者が判断を下すのが困難にもかかわらず、24時間以内に届け出ないと罰則を受けるおそれがあり、他方、届け出れば警察の捜査が始まってしまうかもしれないという点が、医療関係者の負担となっていました。
 そこで、医療事故再発防止を目的とした「医療事故調査制度」が2014年6月改正医療法に盛り込まれ、2015年10月より施行されました。

-「医療事故調査制度」の概要と予防接種との関連を教えてください。

 「医療事故調査制度」は発生した死亡事案のうち、医療機関の管理者が「医療事故」に該当すると判断した場合に調査を行う制度です。「医療事故」に該当する事案とは、「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産」「管理者が死亡・死産を予期しなかったもの」の両方を満たす事案です(表1)。
 「医療事故」に該当すると判断した事案については、医療機関が専門的かつ中立機関である「医療事故調査・支援センター(以下センター)」に報告をすることになります。このセンターは「一般社団法人 医療安全調査機構」が担います。なお、遺族へはセンターに報告する前に説明をしておきます(図11)。遺族への説明とセンターへの報告が済んだら、院内調査を行います。院内調査が済んだら、センターに改めて報告しますが、その前にも遺族に改めて説明をします(図12)。改めて遺族への説明およびセンターへの報告が終了したら、医療機関の仕事は終わりです。
 他方、センターは調査結果の報告を受け付け、収集した情報を整理分析し、再発の防止に関する普及啓発活動等に利用します(図13)。ただし、医療機関や遺族から依頼があった場合には、センターが自ら調査を行い(図14)、その結果を医療機関や遺族に報告します。
 では、「医療事故調査制度」と予防接種にはどのような関連があるのでしょうか。予防接種に起因したり、その疑いがある死亡事案はかなり少数と推察されますが、「医療事故調査制度」の要旨集には予防接種への言及があります。このことから、予防接種に関わる死亡事案も「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡」に含まれ、「医療事故調査制度」の対象となることが示唆されます。

-「予期しなかったもの」とは、どのようなケースを指しますか。

 「予期しなかったもの」とは、下記の3つを除くケースを指します。
 ①医療の提供前に死亡リスクについて患者や家族に説明があった場合
 ②その旨医療記録に残していた場合
 ③医療関係者への聴取などから、「医療当事者が予期していた」と管理者が判断した場合
 ただし、ここで規定される死亡リスクとは、患者個人の臨床経過を踏まえた上で予期される内容を指します。したがって、「一定の確率で死亡事故が発生しています」といった、一般的な死亡の可能性のみの説明や記録は「予期しなかったもの」と解釈されます。
 このことから、予防接種に起因したり、その疑いがある死亡事案については、ほとんどが「予期しなかったもの」に該当することが予想されます。しかし、基礎疾患をもったハイリスクのお子さんが予防接種後に死亡した場合、死亡や重篤化リスクについて事前に説明していれば、「予期したもの」とみなされ、「医療事故」に該当せず、「医療事故調査制度」の対象となりません。

-院内調査終了後、センターに報告する際に、どのような点に注意したらよいでしょうか。

 報告項目は多岐に渡りますが、特に重要なのは①「臨床経過」 ②「原因を明らかにするための調査の結果」 ③「再発防止策」の3つです。
 ただし、厚生労働省からの通知では、原因については必ずしも明らかになるとは限らず、再発防止策についても必ずしも得られるとは限らないことに留意するよう、明記されています。「医療事故調査制度」は、医療安全のためのシステムですので、個人の責任を追及するための記述は記載しません。医療関係者等も匿名化します。

-「医療事故調査制度」に伴うその他の留意点を教えてください。

 まず、「医療事故調査制度」では、管理者が医療事故の発生を判断してから「遅滞なく」報告します。「遅滞なく」とは、「当該事案ごとにできる限り速やかに」という意味ですので、「医療事故調査制度」上の「医療事故」と判断できた場合には、遺族に説明の上、速やかに報告しましょう。
 また、遺族への説明は、前述のように2段階で行いますが(図112)、最初の説明時点で把握している情報は、「調査により変わることが前提」であることに留意してください。遺族に納得してもらおうと憶測も含めた説明をして、調査により憶測が事実と異なることが分かったために後で訂正を加えると、かえって遺族に不信感を抱かせることになります。最初の説明時点で不明なことは、憶測を交えずに不明である旨を説明しましょう。
 さらに、開業医の先生の場合には、院内調査を行うこと自体がかなり大変だと思いますので、そのような場合に備えて「医療事故調査制度」には支援団体も定められています。
 なお、現在(2016年3月時点)も医師法第21条は残っていますが、この点については改正医療法の公布後2年以内に検討がなされるという附則が設けられておりますので、今後、何らかの考えが示される可能性があります。

 最後に、本制度は医療関係者に罰則を与えるのではなく、あくまで再発防止に向けての取り組みです。2015年10月から運用を開始したばかりですので、厚生労働省や医療安全調査機構のホームページを確認したり、地域の医師会に相談するなど情報収集を心がけましょう。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/dl/150508-1.pdf

スペシャリストPick Up おたふくかぜの流行状況とムンプス難聴啓発の必要性 橋本こどもクリニック 院長橋本裕美先生

おたふくかぜの流行状況と特性

 おたふくかぜは4〜5年の周期で流行するといわれ、近年では2001年、2005年、2010年に流行しており1)、感染症発生動向調査では2015年に入ってから増加傾向にあるので、今年は流行が起こると予想されています(図1)。おたふくかぜの原因となるムンプスウイルスは感染から発症まで潜伏期間が16〜18日あり、潜伏期間中にも感染力がある上、不顕性感染で感染しているとわからない人からも感染することから、流行がはじまってからワクチンを接種しても感染は防げません。幼稚園や小学校など小集団で感染者が出ると不顕性感染を含めてほぼ全員が感染し、集団全体が免疫を獲得します。ところが数年経過すると免疫を獲得していない集団に入れ替わり、再び流行が起こるというサイクルを繰り返しています。

 ムンプスワクチンの接種普及により、以前のような大流行はみられなくなり、接種率が高い地域では患者数が減っています。2008年より公費助成となった三重県K市では助成開始後5年間の5歳までの平均接種率は83.3%と高く、ムンプスの患者報告数は直前の10年間に比べ、85.7%減少しました(表12)
 臨床現場では、おたふくかぜを疑われた患児が実際は反復性耳下腺炎であるケースが増えています。反復性耳下腺炎は片側のみの耳下腺腫脹を間欠的に起こす炎症性疾患で、病初期はおたふくかぜ(流行性耳下腺炎)と区別がつかないことが多いのですが、発熱はなく治療せずとも2日以内に軽快し、感染性がないので隔離は必要ありません。流行性耳下腺炎との鑑別は、耳下腺腫脹の持続期間、周囲でのムンプスの流行の有無がポイントとなります(図23)

耳下腺炎だけではなく、全身に侵入し合併症を起こすムンプスウイルス

 おたふくかぜは、わが国では流行性耳下腺炎と呼ばれているように中心となる症状は耳下腺炎ですが、ムンプスウイルスは血行性に神経組織や生殖器など全身のあらゆる器官に侵入して、さまざまな合併症を引き起こします(図3)。4)ムンプスウイルス感染者の1割は無菌性髄膜炎を発症し1)思春期以降では生殖器にウイルスが侵入すると精巣炎を起こし男性不妊となることや妊婦では流産を起こすこともあります。
 一般に年齢が高くなるほど症状は強くなり、合併症は重篤化しやすくなります。さまざまな合併症の予防という点でも、ムンプスワクチンの接種は有効です。

多施設の前向き調査で明らかになった、ムンプス難聴の頻度の実際

 ムンプス難聴は、ムンプスウイルス感染により突然発症する高度の感音性難聴ですが、片側のみのことが多いため、子どもでは難聴になっていることにすぐには気付かれないことがしばしばあります。一般にその発症率は数万人に1人であるといわれていましたが、不顕性感染の多いムンプスの感染者数が正確にわからないのに加え、難聴を発症すると、耳鼻科を受診して小児科で把握していない場合も多いことなどから、これまで正確な実態はわかっていませんでした。
 そこで、日本外来小児科学会の近畿外来小児科学研究グループでは、小児科診療所を中心とする40施設でおたふくかぜと臨床診断した20歳以下の全症例を対象に、ムンプス難聴の発症率を2004年から3年間、前向きに調査しました。おたふくかぜ診断時に医療機関で耳元で指を擦り合わせた音が聞こえるかどうかの確認を行い、この「指擦り法」による聴力の確認を自宅で発症後2週間実施してもらいました。その結果、解析対象となった7,400例のうち7例でムンプス難聴が確認されました。これは約1,000人に1人という発症頻度であり、従来よりかなり高いことがわかりました5, 6)
 また、この調査で幅広く医師の協力を募るためにウェブサイトを開設したところ、複数のムンプス難聴患児の保護者から、治療法や治療機関についての問い合わせを受けました。世間ではムンプス難聴がほとんど認知されていないため、家族は情報を得ようと困っている状況が浮き彫りとなりました。
 ムンプス難聴は難治性であり、成人ではめまいや耳鳴りも伴い、日常生活に支障をきたします。両側性難聴の深刻さはもとより、片側であっても外見上障害とはわからず聞こえないのを無視したと思われないかとストレスを抱える方が多くおられます。ムンプス難聴の治療法はありませんが、予防接種で防ぐことが可能です。私たちのグループでは、大阪小児科医会の協力により作成されたポスターと、日本外来小児科学会で作成したリーフレットにより啓発に力を入れています。
(参考URL:http:hchild-c.com/mumps/)

ムンプスワクチンの現状と課題

 ムンプスワクチンは、1989年からMMRワクチンとして定期接種時に選択可能でした。ところが、ワクチン接種による無菌性髄膜炎が高頻度に発現したことから、1993年からMMRワクチンの定期接種は中止されました。現在、ムンプスワクチンは髄膜炎を高頻度に起こす原因となった株の使用を中止し、任意接種ワクチンとして単独で用いられています。ムンプスワクチンは世界の多くの国で定期接種化されており、わが国でも定期接種の再開が望まれています。
 おたふくかぜとムンプス難聴を含む合併症の予防には、より多くの方にワクチン接種を広めていくことが必要です。ムンプスのワクチンは生ワクチンであり、ムンプスウイルスの神経毒性を完全になくすことは困難なために、ある程度(0.05%)ワクチン接種後に無菌性髄膜炎の発生がありますが7)、自然感染による髄膜炎や、より深刻なムンプス難聴、脳炎などを発症するリスクに比べると、予防接種の重要性は自明です。かつてはムンプスワクチンの接種期間が1~5歳と幅広く、接種年齢が高くなるにつれて髄膜炎の頻度が上昇すること8)が懸念されていました。現在はMRワクチンや水痘ワクチンと同様に1歳になったタイミングでの接種が増えており、この年齢での髄膜炎はほとんど報告されていません。
 定期接種を行うにあたっては、より高い安全性が求められるため、新たなワクチン導入などまだ少し時間がかかりそうですが、任意接種であっても現在使用できるムンプスワクチンによって、おたふくかぜの流行を防ぎ、ムンプス難聴で苦しむお子さんを一人でも減らすことは、私たち医師の務めだと考えます。
 ムンプスワクチンは、1歳以上であれば成人でも接種でき、1回接種で高い有効率が得られます。しかし、ワクチン接種率が上がり自然の流行によるブースター効果がなくなると抗体の低下が起こるため、定期接種になるとMRワクチンと同様に2回接種となる予定です。周囲でムンプスの流行を経験したことがない方であれば、5年程度の間隔で、追加接種を行うと安心です。

  • MMRワクチン:おたふく(mumps)・麻疹(measles)・風疹(rubella)の混合ワクチン
  • 参考文献
  • 1)国立感染症研究所. IASR Vol.34 No.8(No.402) 2013年8月発行.
  • 2)庵原俊昭ほか. 厚生労働科学研究費補助金 ムンプスに関する重大なワクチンギャップを抜本的に解決するための研究
    「ムンプスワクチン効果に関する臨床的検討」平成25年度分担研究報告書.
  • 3)橋本裕美. 小児内科. 2015; 47(5): 661-663.
  • 4)橋本裕美. 感染対策ICTジャーナル. 2009; 4(1): 38-43.
  • 5)橋本裕美. 外来小児科 2008; 11(3): 282-293.
  • 6)Hashimoto H, et al. Pediatr Infect Dis J. 2009; 28(3): 173-175.
  • 7)Nagai T, et al. Vaccine. 2007; 25(14): 2742–2747.
  • 8)Muta H, et al. Vaccine. 2015; 33(45): 6049-6053.

特別記事 BSL*-4施設設置の意義とわが国の展望 長崎大学 熱帯医学研究所 所長/教授 森田公一先生

近年、エボラ出血熱やSARSなど脅威となる感染症が海外で流行し、わが国に侵入する可能性が指摘されています。このため、わが国でも危険な病原体や未知の病原体を扱うことが可能なBSL-4施設の必要性はますます高まっています。今回は、長崎大学熱帯医学研究所所長/教授を務める森田公一先生に、わが国のBSL-4施設設置計画の概要とその意義についてお話を伺いました。

BSL-4病原体の「診断」「研究開発」「人材育成」を担うBSL-4施設

 実験施設で病原体を安全に取り扱う基準として、病原体を致死性、感染性、伝搬様式、自然界での生存能力などに基づき4段階に分類した、バイオセーフティレベル(BSL)があります(図1)。BSLは、WHOが制定した「実験室バイオセーフティ指針(Laboratory biosafety manual)」に基づき、病原体の危険性に応じて4段階のリスクグループに分類されています。そのうちBSL-4は感染能力が高く、有効な治療法や予防法が存在しない病原体で、エボラウイルスなどが含まれます。BSL-4施設はBSL-4に分類された病原体を完全に封じ込めたまま取り扱うことができ、細菌やウイルスなどを取り扱う実験施設のうち、最も厳しい基準で造られたものをいいます。
 BSL-4施設の設置意義として、「診断」「研究開発」「人材育成」が挙げられます。BSL-4病原体による感染症が疑われた場合、病原体を特定しなくては治療することはできません。病原体の高度な特定手法にはウイルス分離やウイルス中和法等が用いられていますが、これらの手法では生きた病原体を取り扱う必要があります。また、BSL-4病原体への感染が確認された場合、患者は隔離されることになりますが、生きた病原体を排出していないことが確認されないと退院できません。BSL-4病原体による感染症の質の高い診断のためにはBSL-4施設が不可欠です。
 また、BSL-4病原体であるエボラ出血熱等には治療法やワクチンが確立しておらず、これらの感染症の治療薬やワクチンを研究開発する上でも、生きた病原体を扱った研究が必要になります。
 さらに、このような感染症の診断や研究開発には、病原体の取り扱いに習熟した人材の育成が重要であり、人材育成の場としてもBSL-4施設が欠かせません。
 BSL-4施設は、世界23か国・地域に存在し、52か所以上が稼働しています(図2)。各国のBSL-4施設は、病原体の漏洩等がないように「実験室バイオセーフティ指針」を参考にして、運用されています。

「研究開発」と「人材育成」に重きを置く長崎大学のBSL-4施設整備

 わが国では、1981年に東京都武蔵村山市の国立感染症研究所村山庁舎内に、病原体をボックス内で扱うグローブボックス型のBSL-4施設が整備されました。長い間、運用はされていませんでしたが、2015年に診断目的でBSL-4施設の稼働が決定され、わが国でBSL-4病原体の診断ができないという状態は解消されました。
 ただし、自然災害によって施設が使用できなくなるリスクや病原体の輸送等を考えると、諸外国と同様にわが国にも複数のBSL-4施設の整備が必要です。また、諸外国に整備されているような研究・教育を推進する大学等で運用する施設はまだありません。
 こうした状況を解消するため、長崎大学をはじめとした10研究機関がコンソーシアムを組織し、アカデミアでのBSL-4施設整備について検討を進めてきました。2014年には日本学術会議から「わが国のバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設の必要性について」という提言がなされ、コンソーシアムを組織する10研究機関で条件が整っている長崎大学坂本キャンパスを第1候補としてBSL-4施設の整備を推進することが提案されました。長崎大学で計画しているBSL-4施設は、実験の操作がしやすいスーツ型を採用する予定で、これが実現すればわが国でもBSL-4病原体に関する研究開発や人材育成の環境が整えられることになります。

エボラ出血熱の流行などを受け政府もBSL-4施設整備を推進

 2014〜2015年にかけて西アフリカで流行したエボラ出血熱のように、今後も脅威となる感染症は繰り返し流行することが予想されます。感染症には国境がなく、世界各国が協力して初期対応にあたることが重要です。わが国は先進国として感染症対策に積極的に取り組む義務がありますし、グローバル化した現代では、世界的に貢献することが国内の安全確保にもつながります。
 そこで、政府は2015年9月11日に「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本方針」を示しました。この基本方針では「大学など研究機関における基礎研究能力の向上と危険性の高い病原体等の取扱いに精通した人材の育成・確保のため、最新の設備を備えたBSL-4施設を整備する」と明記されました。今後、必要な予算措置が行われるとともに、BSL-4施設の整備促進が期待されています。

厳重な管理が行われる海外のBSL-4施設の多くは市街地に立地している

 BSL-4のハード面での管理体制は格段に高度であり、実験室区域の器具、廃液を完全に殺菌してから排出する設備の設置が義務づけられています。また、病原体の漏洩を食い止めるフィルターの機能も向上し、安全性は年々高まっています。
 それでも、ヒューマンエラーによる病原体の漏洩や悪意のある人間による持ち出しの可能性は否定できません。このため、現在稼働している世界のBSL-4施設では、実験室への入室をあらかじめ登録された研究者に限定し、実験室区域を24時間モニターで監視するなどソフト面の管理も十分に行われています。一部針刺し事故の報告はありますが、厳重な管理が行われていることもあり、世界のBSL-4施設では病原体の環境への漏洩といった重大な事故は一度も発生していません。
 BSL-4施設は水道や電気など都市インフラが整っている場所、感染症研究者が集結しやすい場所、第一種感染症病床があり患者からスムーズに検体を採取できる場所にあることも重要です。この点から、世界のBSL-4施設のほとんどは市街地に設けられています。たとえばドイツのハンブルク市にある熱帯医学研究所は繁華街に隣接した場所にあります(図3)。ハンブルク市は長崎市と同様、港町であり、歴史的に感染症対策への意識が高く、BSL-4施設の存在は市民の誇りになっています。
 BSL-4施設は安全な施設ですが、それでも不安の声が存在することも確かです。そこで、長崎大学では近隣住民を対象にこれまで100回以上の説明会を開催し、BSL-4施設の必要性と安全性について理解を深められるよう努めています。
 長崎大学のBSL-4施設の整備は、国民の健康を守るため、わが国が国際的な責務を果たすために多大な貢献をもたらすと確信しており、その実現に向け、最大限の努力を続けていきたいと考えています。臨床の現場でご活躍の先生方にもBSL-4施設の必要性を知っていただき、ご理解をいただければ幸いです。

Vaccine Topic B型肝炎ワクチンの定期接種化に向けて -遺伝子型が異なるウイルスに対するB型肝炎ワクチンの有効性- 名古屋市立大学大学院 医学研究科 教授 肝疾患センター 副センター長中央臨床検査部 部長田中靖人先生 名古屋市立大学大学院 医学研究科 教授 肝疾患センター 副センター長中央臨床検査部 部長田中靖人先生

1 侵襲性インフルエンザ菌感染症は減ったのか?

 インフルエンザ菌による感染症は、血液や髄液などの無菌的な部位に侵入し菌血症から全身に伝播される侵襲性感染症と、主に呼吸器系のみに感染する非侵襲性感染症からなります。以前は侵襲性感染症のなかでも特に重症である髄膜炎の原因菌の60%はインフルエンザ菌であり1)、その95%が病原性の強いインフルエンザ菌b型(ヒブ)でした2)。そのため、ヒブへの対策は小児感染症の最も重要な課題のひとつでした。
 ヒブワクチンは2008年12月にわが国に導入され、2013年4月から定期接種化されました。千葉県では2011年から公費助成を開始し、現在の接種率は100%近くまで上昇しており、2013年以降はヒブによる髄膜炎の発症は認められていません。また、2014年以降はヒブによるIHDの発症例はなく、ヒブ以外のインフルエンザ菌による髄膜炎も0例です3, 4)。1道9県で実施している全国調査も同様の結果であり5)、これはヒブワクチン導入の大きな成果といえるでしょう。
 ワクチン普及後、ヒブワクチンに含まれていない莢膜株、無莢膜株がIHDの原因菌となることが注目されています。しかし、ヒブ以外の莢膜株は菌血症をひき起こすことはありますが、髄膜炎の原因菌となることは稀です。これまで日本ではf型による髄膜炎が数例報告されているのみです。また、無莢膜株は中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎、菌血症を伴わない肺炎など表在性感染症の主な原因菌です。小児IHDの莢膜型別発症状況をみるとIHDの主体は無莢膜株によるものとなっています(図12)
 ヒブワクチンはヒブ侵襲性感染症のみを予防できるワクチンですので、今後はヒブ以外のIHDや薬剤耐性の無莢膜株による中耳炎などの呼吸器感染症に対する対策が課題であると考えています。

2 保菌状況の変化までもたらしたヒブワクチンの今後の接種意義は?

 インフルエンザ菌は鼻腔に存在する常在菌であるため、健康小児の40〜80%がインフルエンザ菌を保菌しており、ヒブワクチン導入前はヒブも2〜5%の小児が保菌していたことが確認されています6)。千葉県の保育園での調査ではヒブワクチン接種開始後、ヒブ保菌率は0%に抑えられています7)。これは、ヒブワクチンを接種していない子どもたちに対しても集団免疫効果がもたらされていることを示す結果です。
 また、ヒブワクチン導入前は、ヒブの中でペニシリンやセフェム系抗菌薬の耐性菌が増加傾向にあり、髄膜炎等の重症例の治療が困難となっていました。しかし、髄膜炎患者の減少は、発熱小児に対する抗菌薬の処方機会を減らし、抗菌薬適正使用につながるのではないかということが期待されます。
 これらのインパクトは高いワクチン接種率によってもたらされており、今後も維持していくことが不可欠です。ヒブワクチンは初回免疫の3回と追加免疫1回の計4回接種で高い抗体価が維持されます。1歳になったら追加免疫接種を忘れずに行うよう、継続的に保護者の方々に啓発していくことが重要と考えます。
 なお、過去にヒブワクチンと肺炎球菌結合型ワクチンなどの同時接種後にみられた突然死によりワクチンの安全性が問題視されたことがありました。しかし、その後の調査で、ワクチン接種と死亡には直接的な因果関係がないことが示されています8)。現在も安全性調査は継続されており、データの蓄積が続けられています。今後も保護者の方々には正しい情報発信を行い、ヒブワクチンの高い接種率を維持しヒブ感染症から子どもたちを守っていきましょう。

  • 参考文献
  • 1)砂川慶介ほか. 感染症誌. 2010; 84(1): 33-41.
  • 2)柴山恵吾. 厚生労働科学研究費補助金 侵襲性インフルエンザ菌感染症患者由来のHaemophilus influenzae臨床分離株の解析、並びに細菌性髄膜炎疑い症例由来培養陰性髄液中の微生物遺伝子解析 平成26年度分担研究報告書
  • 3)石和田稔彦. 厚生労働科学研究費補助金 「小児細菌性髄膜炎および侵襲性感染症調査」に関する研究(千葉県) 平成26年度分担研究報告書
  • 4)Ishiwada N, et al. Vaccine. 2014; 32(42): 5425-5431.
  • 5)庵原俊昭ほか. 厚生労働科学研究費補助金 「小児細菌性髄膜炎および侵襲性感染症調査」に関する研究(全国調査結果) 平成26年度研究報告書
  • 6)庵原俊昭. モダンメディア. 2008; 54(11): 331-335.
  • 7)Oikawa J, et al. J Infect Chemother 2014; 20(2): 146-149.
  • 8)平成23年3月24日 第12回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会及び第3回子宮頸がん等ワクチン予防接種後副反応検討会