ポリオ根絶計画における環境水サーベイランスについて国立感染症研究所 ウイルス第二部 主任研究官 吉田弘先生

輸入によるポリオウイルスの国内侵入が否定できないわが国において、ポリオウイルスが検出された場合、迅速なリスク評価が必要となります。その際、有効かつ効率的な手段である環境水サーベイランスについて、その概要と意義を国立感染症研究所の吉田弘先生にご解説いただきました。

「ポリオ根絶計画」における環境水サーベイランスの意義

世界保健機関(WHO)等により組織化されたThe Global Polio Eradication Initiative(GPEI)が推進する「ポリオ根絶計画」では、急性弛緩性麻痺(AFP)患者の糞便中のポリオウイルスの有無を検査するAFPサーベイランスによりポリオ患者を把握します。その補完的役割として行われているのが「環境水サーベイランス」です。

環境水サーベイランスは、下水や河川などの環境水から病原体を検出し監視する手法です。つまり感染者の糞便中に含まれるウイルスが下水道網を介して下水処理場に集積することを利用し、処理前の流入下水を調べることにより効率的かつ高感度に人間の集団内に循環する腸管系ウイルスを検出できます。また、政治情勢が不安定で入ることができない紛争地域でも生活排水が流れ込む河川水を調べることで対応できます。そして、検出されたポリオウイルスが野生株かワクチン株かによって、調査地域のウイルス流行状況やワクチン接種状況を推測することも可能です。

環境水調査では感染者を特定できませんが、ポリオウイルス感染者の90%以上が不顕性感染であることを考慮すると、ウイルスが検出された地域のリスク評価を行う上で実施する意義があります。GPEIは、ワクチン等による対策を検討するためにポリオ流行地域やリスク地域における環境水サーベイランスの導入を支援しています1)

イスラエルでの環境水サーベイランスによるポリオウイルス検出時の対応

イスラエル南部で、2013年4月に環境水由来の検体から1型野生株ポリオウイルス(Wild Polio Virus: WPV)が検出されました。その後の詳細な調査によりガザ・ヨルダン川西岸およびイスラエル全土の広域な地域の環境検体から、2013年2月~2014年3月にわたり、継続的に環境水由来1型WPVの検出が報告されています。

2005年以降、イスラエルではOPVに替わりIPVが定期接種ワクチンとして使用されており、95%以上の高いIPV接種率を維持していました。環境水から1型WPVが検出された後も、ポリオ症例は1例も報告されませんでしたが、IPV追加接種を行ってもWPVの伝播は終息しませんでした。そこで2013年8月からbivalent OPV(1型および3型弱毒株を含む2価OPV)による追加接種キャンペーンが実施され、その結果、2014年4月以降、環境検体などから1型WPVは検出されなくなりました2)

わが国の「環境水調査」の概要

わが国のポリオウイルスサーベイランスは、OPV導入後かつ定期接種導入直前の1962年に開始されました。それ以来、国内でのポリオ患者発生およびポリオウイルス伝播の監視・リスク評価を目的として、健常児の糞便中のウイルスを調べる感染源調査およびポリオウイルスに対する中和抗体価保有状況を調べる感受性調査が継続されてきました。

2012年9月に定期接種ワクチンがIPVに切り替わったことから、ポリオウイルスを効率よく捕捉し、早期に対策を検討することを目的とした、「感染症流行予測調査事業ポリオ環境水調査」が2013年より開始することとなりました。これは全国16か所(調査研究を含めると18か所)の地方衛生研究所にて、定点となる下水処理場を定め、月1回流入下水0.5Lを採取し、濃縮処理後にウイルス分離・同定をおこない、対象となる地域のポリオウイルス感染者の有無を調べる事業です(2015年時点)。

「環境水調査」によりポリオウイルスが検出されたとき、どう対応すればよいのか?

環境水調査によりポリオウイルスが検出されたとき、わが国は感染症流行予測調査実施要領に則って対応します(表1)。ワクチン株の場合は関係機関で情報を共有し、対応を終了しますが、野生株ポリオウイルス(Wild Polio Virus: WPV)あるいはワクチン由来ポリオウイルス(Vaccine Derived Polio Virus: VDPV)が検出された場合は、検出が一過性か継続的かを判断するために、一時的に調査を強化します。

具体的には4週をめどに採水回数、あるいは採水場所を増やして継続して検出されるかどうか、複数の塩基配列をもつウイルスが検出されるかどうかを追加調査し、伝播の有無を確認します。伝播が疑われた場合には、都道府県は医療機関と情報を共有し、AFP患者はポリオウイルス感染を疑い、ウイルス検出時には2類感染症として届け出を行うよう周知に努めるなど、地域において患者サーベイランスを強化します。

わが国の環境水調査でポリオウイルスが検出された例としては、2014年10月に3型ワクチン株が検出された例が挙げられます7)。その後、11月、12月と連続して環境水よりポリオウイルスが検出されなかったため、検出は一過性のものであると推察されました。

表1 環境水サーベイランスでポリオウイルスが検出されたときの各国の対応

国名 ワクチン株の
場合
野生株、VDPVの
場合
対策用ワクチン 備考
WHO/EURO3)ガイドライン 対応なし 孤発例か伝播を確認→採水強化(頻度、場所) 
伝播を確認できたら緊急対応
IPV/OPV (IPV、OPV使用国共通)
オーストラリア4) 同上 同上 IPV 高接種率(90%以上*)
オランダ5) 同上 感染源が特定されたら緊急対応開始(原則接触者が対象) IPV/OPV 同上*
日本6) 関係機関で情報共有し、対応を終了 採水強化をおこない、伝播が疑われたなら、患者が地域に存在することを想定し患者サーベイランスを強化 IPV  

*IPV接種率が高く、かつ抗体保有率が高いため接触者対策を主としている。

このように、ポリオ環境水サーベイランスはポリオウイルスの伝播を早期に発見できる可能性があり、わが国のポリオ伝播を未然に食い止める有効な手段です。実地医家の先生方には、調査の概要をご理解いただき、ウイルス検出時にはご協力をお願いしたいと思います。

参考文献)

1)
The Global Polio Eradication Initiative
http://www.polioeradication.org/dataandmonitoring/Surveillance.aspx
2)
The Global Polio Eradication Initiative:Global Wild Poliovirus 2012-2017
http://polioeradication.org/wp-content/uploads/2017/10/WPV_2012-2017_24OCT2017.pdf
3)
WHO Regional Office for Europe
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/107877/1/E91123.pdf
4)
Poliomyelitis Outbreak Response Plan for Australia. Office of Health Protection Australian Government Department of Health October 2014
http://www.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/polio-plan.htm
5)
Draaiboek Introductie van Polio 2013 by Preparedness and Response Unit (LCI),part of the Centre for Infectious Disease Control (CIb) at the National Institute for PublicHealth and the Environment (RIVM)
http://gvcheckrivm2.rivm.nl/nl/Documenten_en_publicaties/Professioneel_Praktisch/Draaiboeken/Infectieziekten/LCI_draaiboeken/Polio_Draaiboek_introductie_van_polio
6)
平成27年度感染症流行予測調査実施要領
http://www.nih.go.jp/niid/images/epi/yosoku/AnnReport/2015-99.pdf
7)
平成26年度感染症流行予測調査事業ポリオ環境水調査にて検出されたウイルスについて IASR Vol. 37 p. 27-29: 2016年2月号
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